『ヨハネの黙示録』解読記事検証スレ1枚目




[0] 『ヨハネの黙示録』解読記事検証スレ1枚目

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 5月16日(火)21時19分27秒 

『銀の紐』掲載中の「ヨハネの黙示録解読関連記事」について、解読した内容に当て嵌まる出来事(事件など)を見つけたら、このスレッドに情報提供をお願いします。
実際に起きた出来事(該当する記事の内容、URLなど)を、それに当て嵌まる黙示録解読記事の該当箇所と共に教えて下さい。
提供頂いた情報を元に、『銀の紐』の黙示録解読の妥当性を皆様と一緒に確かめてみましょう。





[46] Re: イナゴの災いと六ヶ月目

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年10月24日(火)21時22分1秒   返信

>>45
baseheat様

与党はほぼ現状維持、野党は第一党が分裂したものの、選挙結果を受けて情勢は流動的…でしょうか。
台風については、日頃から災害対策を整え、被災後の迅速な救助から復旧、復興を進めるためには、選挙でどの様な選択が望ましいでしょうか…そんな問いかけを受けたように思いました。
仰るように、この結果が即安定に繋がることはなくて、早ければ年末にも変化が起こりうると言われる北朝鮮情勢の変動に合わせて、これ以上日本国内に留まれない人々を国外に追い出す動きが本格化すると見ています。




[45] Re: イナゴの災いと六ヶ月目

投稿者: baseheat 投稿日:2017年10月23日(月)23時28分41秒   返信

>>44

> ともあれ、とにかく今月末にどのような国会が生まれるのかをじっくり見極めたいと思います。

さて、衆議院議員選挙の結果が出ました。
選挙活動の推移を見ていて、なんとなく予想がつく結果だったように思います。
投票日に合わせて、台風が上陸するあたりも、面白いと思いました。

この結果が即安定に繋がると言うのとは違うような気がします。
まだ、切り分けは続くといいますか、様々に物事がはっきりしてくる期間はまだはじまったばかりかと思います。野党の烏合の衆は、今回で良くも悪くも、それぞれの思いによって分かれざるをえなかったようですし、その傾向は元自民党の若狭さんだけではなく、自民党の他の方々についても起きるのではないでしょうか。
安倍総理の総裁再選の話がすでにニュースになっていますが、世代交代があるとしても、現在取りざたされている予想候補者とは別な人が出るような気もしています。
というのは現在次期総裁候補と言われる人々の腹の括り方が、いまいち日本を任せられるようなものではなく思えるので。




[44] イナゴの災いと六ヶ月目

投稿者: baseheat 投稿日:2017年10月 2日(月)00時39分56秒   返信

秋になるかならないかの九月は、様々なことが起こり始めました。もっと前から始まっていたのでしょうが、
ここにきて表面化したというか、これ以上隠し仰せなくなったということかもしれません。
テレビや新聞だけではなく、インターネットのニュースも、元はおなじジャーナリスト達が発信している
ということで、インターネットでも嘘や誤魔化しのニュースが流布されています。

1260日、毎日を如何に過ごすか。日々、神の言葉を糧として世に生きることは、人にとって着実な成長の為に必要なものです。
42ヶ月も同じ日数を指すのだとしても、おおまかな在り方であり、その効力というものも、日々の作業には遠く及びません。
付け焼き刃のようなもので、脆さがあります。
この二つの時間の捉え方は、神と共に生きる人々の時間の流れと、神に争がう者に従う人々の時間の流れの違いのように思います。
同じ三年半でも、日々精進をしてきた者と、大まかに今月の利はこれくらいという感覚でやり過ごしてきた者では、至るところが違うのではないかと思います。
日本でのことに置き換えると、10月に行われる衆議院の議員選挙への各候補の在り方、挑み方が当てはまるのかもと思いました。
また、地道な活動、施策を敷いていく政府と、何の思慮もなく、表向きの体裁や支持率をあげる為に思い付きの案を言って世の中を混乱させる政府の違いとも。

ともあれ、とにかく今月末にどのような国会が生まれるのかをじっくり見極めたいと思います。



[43] Re: ユダヤ教の源とは

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 9月17日(日)22時05分31秒   返信

>>42
管理人様
おっしゃることに、寸分の異論もありません。(^_^)
イエス様が子羊というのと、現キリスト教の多くの教えで伝え解説するところの子羊では、大分違いがあるように思ったのです。

黙示録そのものから、逸脱してばかりですが、イザヤ書を読み直していました。ユダヤの民の荒れっぷりを嘆いた主なる神が、新たな地を用意して民を移動させるという話が出てるというので。(米国の学者さんの意見らしいですけれど)



[42] Re: ユダヤ教の源とは

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 9月17日(日)15時37分18秒   返信

>>41
baseheat様

神様の言葉を聞いた時に、「何故そうなるのか(そうするのか)?」と疑問を持つ人もいると思いますが、イエスはその先を突き詰めて、人間には思いもよらない神の叡智の一端に触れたのではないでしょうか。
だからこそ、他の人には理解できない神の言葉の意味も、ほんの一部にせよ理解できるようになったので、更に色々知りたいと思い、神に教えを請い願ったのだとすれば、イエスが神の前に柔順な小羊のようであったのも頷けます。
小羊であるイエスは、羊飼いである神が自分を何処へ導くのか、大まかな方向性を理解した上で、もっとよく知りたいと願い、自らの意志で柔順であることを選んだのではないでしょうか。



[41] Re: ユダヤ教の源とは

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 9月16日(土)12時02分39秒   返信

>>40
追記: イエス様は、その反対のことを生きたのでは?
「子羊」? といっても、何に従順かで意味合いがまるっきり変わりますね。

> 現代の宗教のほとんどが、信仰というよりは、机上(思考)で作り上げられた叶えきれない理想…夢想ともいえるもので、苦界の憂さを来世に求めているのではないですか?
> 人として社会に生きるには…というと聞こえはいいですが、群れ成す子羊のように従順に生きよということでもあります。



[40] Re: ユダヤ教の源とは

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 9月16日(土)05時09分20秒   返信

>>39
管理人様

少しヨハネの黙示録を現したキリスト教文明から外れますが。。。
日本にあっては日本の信仰の道があり、グローバルな時代に世の中がなってもそれは変わらない、寧ろその違いによる働きが、それぞれ如実に発揮されることに
意味があるのだと思います。
現代の宗教のほとんどが、信仰というよりは、机上(思考)で作り上げられた叶えきれない理想…夢想ともいえるもので、苦界の憂さを来世に求めているのではないですか?
人として社会に生きるには…というと聞こえはいいですが、群れ成す子羊のように従順に生きよということでもあります。
処世術は個々に必要だとしても、それが特定の哲学や宗教に牛耳られているのは不思議というか、魔法陣が敷かれているかのように感じられます。
一人一人が自分の心に問いかけ、毎日をよりよく生きて行くことが、それぞれの場の、国の、ひいては世界全体の在り方になるというごく当たり前のことをやる方が現実的で有効です。



[39] Re: ユダヤ教の源とは

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 9月14日(木)23時14分4秒   返信

>>38
baseheat様

仰る通りですね。
更に付け加えると、ユダ王国の人々が国を滅ぼされて、バビロニアに連行されてしまった時に、先祖であるアブラハムと神との契約を忘れて、神と偽る悪魔に膝を屈してしまいました。
と言うことで、神から託された土地を捨てて流浪の旅に出る民も大概ですが、あの土地に残った民も神との契約を裏切ったので、アブラハムの時代に神との間に結んだ契約と、それに基づく信仰は、最早あの土地には残っていないことになります。
辛うじてかつての信仰の残骸が聖書として現代に伝わっていますが、かつての信仰の本質は失われてしまいました。
尤も、失われてしまった信仰の復活は可能だと思いますが、少なくとも今のアブラハムの子孫達はそこに気がついていないようですし、復活させるにしてもかなり時間がかかるのではないでしょうか。



[38] Re: ユダヤ教の源とは

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 9月14日(木)02時38分8秒   返信

>>37
管理人様

たしか、12氏族は、北と南に分かれていて、南の方に「現在のユダヤ」の祖先であるユダ氏族が居たかと思います。
良く失われた十氏族とか言われてる一部の氏族は、大分時代が下ってから、自分たちの信仰を護って静かに暮らせる土地を求めて流浪の旅に出たのでは?
そもそも、アブラハムの子孫には神との契約を違える不心得者が沢山いて、神様の加護を受けられなくなったのだったと記憶しております。 金色の子牛作ったりして。



[37] Re: ユダヤ教の源とは

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 9月12日(火)21時20分49秒   返信

baseheat様

>>35
こちらのコメントについては、管理人も概ね同意見なのですが、「ユダヤと日本の同源論」には懐疑的です。
アブラハムと子孫がカナンの土地を神から託されたことは創世記に記されていますし、日本神話によれば神々が高天原から豊葦原の瑞穂の国に天下ったのですから、どちらも神様の意向に基づいて管理を委ねられた土地です。
にもかかわらず、その土地の管理を放棄して他の土地へ流浪するとは、神様と特別な関係を持つ土地の民にの筈なのに、神様にケンカ売ってますよね。
それとも、アブラハムの子孫には神との契約を違える不心得者が沢山いると言うことで良いのでしょうか、現代のユダヤ教の信徒の皆さんは。

>>36
グノーシス派は管理人もちょっと気になるのですが、今はそれ以外にやることがあるので、手を出していません。
そのうちにまとまった時間が出来たら、調べてみてもいいとは思いますが。



[36] Re: ユダヤ教の源とは

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 9月12日(火)19時22分14秒   返信

>>35

自己コメ。

そういえば…と思い出したことに、グノーシス派というのがあります。
昔で言うところの「オカルト」今の「スピ系」辺りでは、おそらく今でも話題になっているのではないかと思います。
そこでは、最高神というか、全ての存在を包括する力の顕在のことと、そこから派生した様々な存在、神々や天使たち、魔物や妖怪…、人間界以外にも様々な次元があると言われています。
その表現が、日本で言うところの八百万の神々や天人、天女や竜宮界、仏教の曼荼羅で描かれる幾層にもなった世界の構造と似ています。
そもそも、同じ全体をどこから見ているか、誰が見たものかという違いだから、似ていて当然なのでしょうけれど。

そこでふと、現世、地球の世界における宗教ということで考えた時、それぞれの神というのは、実は争う神もいる可能性があると気づきました。自分が神=宇宙の理と考えていると気づかないのですが、モーセが出てくる現ユダヤ教の律法、旧約聖書で神の言葉として、「自分は妬む神である」といった神は、下位の存在ということで考えれば在り得ます。

そうしてみると、少し前に管理人様にお尋ねした、神々というのは…のお答えの詳細もすんなりと腑に落ちます。



[35] ユダヤ教の源とは

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 9月11日(月)01時21分7秒   返信

>>34
管理人様

律法のことで、過去に色々と調べたことなどを思い出しました。
現代では一般的に律法の書というと、キリスト教の旧約聖書内の5書を指すそうですが、私は、毎回読むにつけ、なんとも言いがたい違和感を感じます。
近年、一部では、ユダヤと日本の同源論などもありますが、そのユダヤが旧約聖書のユダヤとはまる結びつかず、寧ろ対岸にあるのではと思います。砂漠の多い地域、自然環境も厳しく、衣食住なども争奪戦が日常茶飯事であった地域に於いては、必要な律法ではあったのかもしれませんが、全世界をみての人の在り方とは思えません。その地域に生きる場合に、これくらいを守っていたら病にもかかりにくく、合い争って生きにくくなることも減るだろうというものではないでしょうか。
管理人様が覚え書きをしていた、滅ぼされたイスラエルやユダ国の中には、もしかすると共通点があるのかもしれないと思います。
イエス様が世に出て三年半より前、どこで学ばれていたのかが鍵で、旧約聖書の記載の律法を推奨していたのではなく、ユダヤの民といわれる12の民族がその土地で学び得たことがらがゆるやかに律法として、日常に成立していたのではないか、それをイエス様は指しているのではと思います。
その流れであれば、日本の民族的宗教感や古来伝わる神々との関わりとの接点もありえるのではないかと。

三位一体というのも、人を考えた場合、父と母と子であるのは言うまでもなく、その自然な姿を認められないという宗教はいかがなものかとも思います。
神と精霊と人(子)とするならば、宇宙全体に遍在する力の総体と先祖代々の霊や自然界の精霊と人間と共に生きる地球上の生物という捉え方はできるのですが。



[34] Re: 宇宙の構造と神々や人間が目指すもの[メッセージ修正版01]

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 9月 7日(木)22時49分47秒   返信

>>33
baseheat様
こちらのコメントの返信というわけではありませんが、関連情報というか、思いつきのメモ書きとしてここに記録することをお許し下さい。

福音書でイエスは度々、律法に戻りなさいと述べていたのですが、それは何故でしょうか。
イエスの時代は既にイスラエル王国もユダ王国も滅ぼされており、いわゆるバビロン捕囚において、アブラハムの子孫達の民族信仰が、唯一神を崇めるユダヤ教へと変質した後なのですね。
イエスは自らの生涯を持って、人間が神の境涯へ引き上げられることを証明したと、福音書の記述に基づいて読めるのですが、それではキリスト教の唯一神信仰とは辻褄が合いません。
キリスト教会では、その矛盾を説明するために「三位一体」論を持ち出したのでしょうが、その三位一体論自体の辻褄が合わず、キリスト教会にも説得力のある説明ができません。
そこで、イエスが「律法に戻れ」と述べたのは、当時のユダヤ教もバビロン捕囚後の唯一神信仰であって、イエスはその唯一神信仰が誤りだと知っていたから、ユダヤ教に変質する前のモーセ時代の律法の教えに戻れ、と述べたのではないでしょうか。
しかし皮肉にも、イエスの信徒達にイエスの言葉は届かず、かつて散々イエスの批判を受けた律法学者やファリサイ人と同じ過ちを冒し続けることになりました。



[33] Re: 宇宙の構造と神々や人間が目指すもの[メッセージ修正版01]

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 9月 6日(水)19時33分45秒   返信

>>32
管理人様、

回答ありがとうございます。イエス様は、自分が見出した神から学んだのだと思いますが、それは現在のキリスト教の崇める神とは違うのでは?と子供の頃から疑問に思っていたので、確認もあって聞きました。
キリスト教の神もユダヤ教の神もイスラム教の神も、どこか嫉妬深いというか、唯一無二の存在なはずなのになーとか、思っておりました。
そもそも、神の定義が民族や宗教、時代によって違うのでは、話がずれてくるのも当然です。そのズレも含めて、サタンの致すところかもしれませんが。
> >>31
> baseheat様
>
> 多神教の神々も一神教の神も含みます。
> 他にもこの宇宙には、人間が知らない神々も無数にいますが、その記事の神々とはそれらすべての神々について述べています。
> 神々の働きかけは多神教の神々も一神教の神も変わりませんが、その働きかけを受ける側の人間の認識に歪みがあるので、多神教と一神教の違いがあるように錯覚してしまうのです。
> そして「ヨハネの黙示録」を読むと、天から堕とされた赤い竜にとって、自分が人間にとっての神に成りすますためには、一神教である方が非常に都合が良いことが伺えます。
> 唯一神でしたら、赤い竜が「自分以外はすべて悪魔とその眷族だ」と吹聴して、人間を騙して偽りの神を演じていても、その真偽を見極められる「神の僕」たる人間は殆どいませんし、偽りの神に疑問を持つ者を異端者として排除しやすいですから。



[32] Re: 宇宙の構造と神々や人間が目指すもの[メッセージ修正版01]

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 9月 4日(月)23時13分12秒   返信

>>31
baseheat様

多神教の神々も一神教の神も含みます。
他にもこの宇宙には、人間が知らない神々も無数にいますが、その記事の神々とはそれらすべての神々について述べています。
神々の働きかけは多神教の神々も一神教の神も変わりませんが、その働きかけを受ける側の人間の認識に歪みがあるので、多神教と一神教の違いがあるように錯覚してしまうのです。
そして「ヨハネの黙示録」を読むと、天から堕とされた赤い竜にとって、自分が人間にとっての神に成りすますためには、一神教である方が非常に都合が良いことが伺えます。
唯一神でしたら、赤い竜が「自分以外はすべて悪魔とその眷族だ」と吹聴して、人間を騙して偽りの神を演じていても、その真偽を見極められる「神の僕」たる人間は殆どいませんし、偽りの神に疑問を持つ者を異端者として排除しやすいですから。



[31] 宇宙の構造と神々や人間が目指すもの[メッセージ修正版01]

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 9月 3日(日)22時49分53秒   返信

管理人 様

銀の紐を越えてαの記事ですが、
ここに出てくる神々は、日本神話等多神教の神様達かと推測しますが、キリスト教やユダヤ教などの神は、この範疇とは別という認識でしょうか?




[30] Re: 暦(期間)の捉え方の違い

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 8月28日(月)07時10分53秒   返信

>>29
管理人 様

コメント、ありがとうございます。
同じ神の与えた3年半をどのように過ごしたか…ということでもあるのかなと思いました。
毎日の積み重ねがひと月~半年~一年と過ぎていくうちに力となって行きます。
日々は一つとして同じではなく、それを過ごすひとりひとりもユニークです。
その個々が魂の求めに従って生きるように説いているのが預言者でもあり、預言者の説いたことを聞き行動を始める人々からも、その先へと伝わって行きます。
その日々の努力や工夫を怠り、享楽のままに、または代わり映えのしないルーティンな生活を人生と諦めて、生きていくと、ひと月ごとに季節の移り変わりくらいは
あっても、日々の違いは余り重要ではなくなります。

そういえば、日本の神々のもとで、随神に生きるとは、日々の中の変化と共に在ることで、その中で個々が一瞬一瞬を創造しているのならば、命の流れは滞ることなく続いていくものです。

この話は世界観でもあるのかなと思いました。神の視点(マクロ)ではは大きなスパンで物事が成立し、その下では季節ごと(または役割ごと)の流れがあり、日々の営みは人々のものというような。もっと小さな生物(ミクロ)のスパンはさらに小さくなりますね。



[29] Re: 暦(期間)の捉え方の違い

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 8月27日(日)22時17分30秒   返信

>>28
baseheat様

『銀の紐』掲載記事より先行してしまいますが、管理人の個人的な考察として、ちょっとだけ述べてみましょう。

「ヨハネの黙示録」の第十一章第二節~三節にかけて、四十二か月と千二百六十日が登場しますが、何と書いてあるでしょうか。
天から聞こえる声がヨハネに対して「立って神の神殿と祭壇を測り、そこで礼拝している人の数を数えよ。」と述べますが、続けて「しかし、神殿の外の庭はそのままにしておけ。測ってはいけない。」と述べます。
何故かというと、「そこは異邦人に与えられたから」です。
異邦人がこの聖なる都を踏みにじるであろう期間が「四十二か月」です。
更に続けて、「自分の二人の証人に粗布をまとわせて、千二百六十日の間預言を」させるようです。

四十二か月と千二百六十日は同じ期間を指していても、「異邦人が聖なる都を踏みにじる」四十二か月であり、それは同時に「二人の証人に預言をさせる」千二百六十日でもあることになります。

第十二章に移って第六節、子を産んだ女が荒れ野へ逃げ込みました。
その荒れ野には、女が「千二百六十日の間」養われるように、神の用意された場所があったからです。

第十四節には、第六節で述べた内容が重ねて述べられています。
但し、千二百六十日の間ではなくて、「一年、その後二年、またその後半年」と敢えて表現を変えています。

第十三章に移って第五節、竜が自分の権威を与えた獣に対して、大言と冒涜の言葉を吐く口が与えられて、「四十二か月の間」活動する権威が与えられました。

この一連の流れから伺えるのは、同じ公生涯としての三年半(一年+二年+半年)であっても、神の働きかけとしての「千二百六十日」と、竜に操られた異邦人や獣が暴れる「四十二か月」に大別されていることになります。



[28] 暦(期間)の捉え方の違い

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 8月27日(日)18時44分32秒   返信

>>27
管理人様

1260日、または三年半、或いは四十二か月という幾つかの捉え方で、日常的な範疇での違いとは、視点や視線をどのあたりに持っているかというようなものでしょうか。
暦で、節気を定めていますが、日々のこと、月のこと、年のこと…という枠組みが違っていて、起きる物事がどの枠組みで捉えたものかで、微妙に意味合いは違ってくるということでしょうか。



[27] Re: 国籍のこと

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 8月13日(日)20時22分28秒   返信

>>26
baseheat様

1260日、または三年半、或いは四十二か月とは、いずれも同一の期間を指していて、キリスト教ではイエスが宣教活動を行っていた期間、いわゆる公生涯として特別視していることは、銀の紐で度々述べてきました。
では、同じ期間でありながら1260日、三年半、四十二か月と、敢えて表現を変えて書き分けているのは何故でしょうか。
きちんと検証したわけではありませんので、あくまでも管理人の個人的な意見ですが、同じ公生涯であっても、1260日や三年半などと表現を変えることによって、微妙な意味合いの違いを盛り込みたかったのではないでしょうか。
公生涯に関連する部分の記述を相互に見比べることによって、その様に表現を分けた理由が浮かび上がるかもしれませんが、検証してみないと何とも言えません。



[26] Re: 国籍のこと

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 8月12日(土)02時01分27秒   返信

>>25
管理人様
聖書を読み解くポイントとして、面白いですね…もしかするとスタンダードな視点かもしれませんが。
1260日という日数は、聖書を読む方々の間では、
3.5年、42カ月、3日半という期間として扱われているようですね。
同一書物の中に、同じ数字が点在している場合は、鍵やマーカーになっているという考え方でいくと、
管理人様が言及していた、イナゴの件とエリザベトの件の類似については、アリなのでしょうけれど、
具体的なことになると、よくわかりません。
ルカの福音書は、他の福音書よりも読みやすくて好きでしたが、聖書がもともとわかりにくく
書かれている部分もあるでしょうし、ヘブライ語であったら、それがラテン語になり、英語版に
なっていることもあり、又、自分の思考のパターンが聖書を書いた方々の思考のパターンについて
いけてない気がします。(^^;)



[25] Re: 国籍のこと

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 8月 1日(火)20時43分50秒   返信

>>24
baseheat様

「五か月」という期間は、黙示録以外にも「ルカによる福音書」第一章に記述があります。
ルカがテオフィロさまという方に向けてこの福音書を書いたと前置きがあるのですが、次にユダヤの王ヘロデの時代に生きた祭司ザカリアとその妻エリサベトに付いてのエピソードが記されています。

二人は神の前に正しい人でしたが、エリサベトが不妊であったために、二人の間に子供がないまま年老いてしまいました。
ザカリアが神の御前で祭司の務めをしていると、主の天使が現れました。
天使はザカリアに「貴方の願いは聞き入れられた。貴方の妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。云々…」と述べました。
ザカリアは天使に、私も妻も年老いているのですが…と疑問を持つのですが、天使はガブリエルと名乗り、私の言葉を信じないので、事が成就する日まであなたは口が利けなくなると告げます。
ザカリアが聖所で務めを終えて出てくると、既に口が利けなくなっていました。
その後、ザカリアの妻エリサベトは身ごもって、五か月の間身を隠していました。
そして「主は今こそ、こうして、私に目を留め、人々の間から私の恥を取り去ってくださいました。」といいました。

ここで「五か月の間」という表現が出てきましたが、これだけでは「五か月」から特別な意味は読み取れません。
ところが、その次の六か月目に入ると、事態が動きます。

六か月目に天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされて、ダビデ家のヨセフという人の許嫁である乙女、名をマリアという者の元へ来ました。
天使はマリアに言いました。
「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」
マリアがこの言葉に戸惑っていると、天使は続けて言います。
「あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって子供を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。云々…」
マリアは天使に「わたしは男の人を知らないのに、どうしてその様なことがあり得るのですか」と尋ねると、天使は答えます。
「聖霊があなたに降り、いと高き肩の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。
あなたの親類のエリサベトも年を取っているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神に出来ないことは何一つない。」
マリアは「わたしは主のはしためです。お言葉通り、この身になりますように。」と受け容れたので、天使は去りました。

そこでマリアはザカリアの家へ行き、身ごもっているエリサベトに挨拶をします。
するとエリサベトの胎内の子が踊り、聖霊に満たされたエリサベトが言いました。
「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子様も祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしの所に来てくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶とお声をわたしが耳にした時、胎内の子は喜んで踊りました。主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう」
そこでマリアは言いました。
「わたしの魂は主をあがめ、私の霊は救い主である神を喜びたたえます。云々…」

聖書からの引用が長引きましたが、要は、マリアが天使ガブリエルから処女懐胎を告げられる六か月目よりも前の五か月間という意味なのですね。
その五か月間は、マリアが身ごもる前の布石として、エリサベトが身ごもっている期間ですが、エリサベトの妊娠は周囲の人々には伏せられていました。

もし、黙示録のイナゴが額に神の刻印を押されていない人を苦しめる五か月間(第一の災い)が、マリアの処女懐胎に先立つエリサベトの妊娠の五か月間に符合するとしたら、第六の天使がラッパを吹いて、四人の天使が二億の騎兵を用いて人間の三分の一を殺す件(第二の災い)が、マリアの処女懐胎に符合するのでしょうか?
因みに、その後の黙示録の第十一章には、二人の証人が登場して千二百六十日の間預言すると記されています。



[24] Re: 国籍のこと

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 7月31日(月)22時06分33秒   返信

>>23
管理人様、
5ヶ月という期間はリアルなものではなく、数字にいみがあるのでしょうか…半年より少し切れる位という意味ですかね…。リアルタイムであれば、8月一杯としか。
日本のマスメディアの言葉が神を偽っているというのはかなり噴飯ものですが、テレビと新聞が正しいと思う人々にとって、正義っぽいもの=神ならば、そうとも言えますね。キリスト教圏では、確かに聖書の言葉を引用してもっともらしい節を唱える ライターや評論家も居ますね。
蓮舫さんが、プライバシーの保護や人種差別を持ち出して自分の正当性を主張するのは、そういう言葉が『聖なるもの』となり、自分の味方をする人が少なからずいると考えているからで、そのあたりは確かに蝗の手口そのものです。

> >>22
> baseheat様
>
> 蓮舫氏は公職選挙法に則った参議院選挙で選出された国会議員であり、その国会議員としての資格に疑義が生じたのですから、プライバシーを楯に国会議員資格の証明が拒否されてはなりません。
> 国会議員である為に必要な資格の証明より、自分のプライバシーの方が大切なのであれば、最初から公職に就かなければよいのです。
> 蓮舫氏は自らの意志で参議院選挙に立候補し、有権者の信任を得たのですから、公職にある者としての職責を果たさなくてはならない立場にあると思います。
> それが出来ないのであれば、自ら職を辞した方が良いと思いますし、職責を果たせない方の議席は、他の適切な方に変えて頂いた方が国民の為になります。
>
> 黙示録に登場するイナゴは、「額に神の刻印を押されていない者に対して、五ヶ月の間だけ苦しめることを許された」のですが、どの様に苦しめるのかというと、「神の名を偽り、聖なる者を装って偽りの言葉を述べて悩ませ、精神的に苦しめて判断を誤らせる」のです。
> 古来より大陸では地震や洪水と並んで、蝗の害が大規模自然災害の一つに数えられてきましたが、蝗の害では額に「神の刻印を押されている人」も「神の刻印を押されていない人」も共に被害を受けてしまいます。
> ところが、黙示録に登場するイナゴは、額に神の刻印を押されていない人――神の言葉の意味を読み取れない人に対して、いわば紛らわしい嘘偽りを振りまく精神攻撃を行って、攻撃対象の判断力を奪ってしまうのです。
> ですから、マダニやヒアリなどの虫や天候・環境の影響と捉えるよりは、嘘偽りを駆使して攻撃対象を追いつめるマスメディアの振る舞いの方が、余程黙示録のイナゴに相応しいと言えるのではないでしょうか。



[23] Re: 国籍のこと

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 7月31日(月)21時09分50秒   返信

>>22
baseheat様

蓮舫氏は公職選挙法に則った参議院選挙で選出された国会議員であり、その国会議員としての資格に疑義が生じたのですから、プライバシーを楯に国会議員資格の証明が拒否されてはなりません。
国会議員である為に必要な資格の証明より、自分のプライバシーの方が大切なのであれば、最初から公職に就かなければよいのです。
蓮舫氏は自らの意志で参議院選挙に立候補し、有権者の信任を得たのですから、公職にある者としての職責を果たさなくてはならない立場にあると思います。
それが出来ないのであれば、自ら職を辞した方が良いと思いますし、職責を果たせない方の議席は、他の適切な方に変えて頂いた方が国民の為になります。

黙示録に登場するイナゴは、「額に神の刻印を押されていない者に対して、五ヶ月の間だけ苦しめることを許された」のですが、どの様に苦しめるのかというと、「神の名を偽り、聖なる者を装って偽りの言葉を述べて悩ませ、精神的に苦しめて判断を誤らせる」のです。
古来より大陸では地震や洪水と並んで、蝗の害が大規模自然災害の一つに数えられてきましたが、蝗の害では額に「神の刻印を押されている人」も「神の刻印を押されていない人」も共に被害を受けてしまいます。
ところが、黙示録に登場するイナゴは、額に神の刻印を押されていない人――神の言葉の意味を読み取れない人に対して、いわば紛らわしい嘘偽りを振りまく精神攻撃を行って、攻撃対象の判断力を奪ってしまうのです。
ですから、マダニやヒアリなどの虫や天候・環境の影響と捉えるよりは、嘘偽りを駆使して攻撃対象を追いつめるマスメディアの振る舞いの方が、余程黙示録のイナゴに相応しいと言えるのではないでしょうか。



[22] Re: 国籍のこと

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 7月31日(月)01時40分5秒   返信

蓮舫さん、民進党の代表を辞したのですね…。そもそも、彼女を代表にと推した党員がいたわけですが…その方々の身の振り方も注目したいところです。そして、当の本人は代表を辞めたら議員は辞めずに済むと考えているのでしょうか。戸籍のことについては、ネット上では19枚に渡る戸籍抄本であるという情報もあり、国籍がどうのという前に、そんな変更などの特記がある戸籍って、どんなことが書いてあるのだろうと気になりました。
そういうことであれば、蓮舫さんかプライベートの侵害がどうのと言うのも分かります。とはいえ、自分でまいた種ですから、ちゃんと刈り取ってから、出直すかどうか考えてほしいです。

蝗の話からの派生でしたが、もともとの蝗の話は人間のやることで、天候や環境などは含まれていないのでしょうか。マダニやヒアリの話がニュースに上っていますが(少し前はセアカゴケグモがありました)、きっと他にも日本にいままではなかった自然環境による影響というのはあるかと思いますのが、そのあたりは単に日本国民の招いたものなのでしょうか。



[21] Re: 国籍のこと

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 7月26日(水)14時10分49秒   返信

>>20
管理人様、
そもそも現在の世の中では無理なことではあると思ってはいるのです。
利己的な目的で、日本という枠組みをなし崩しにしたい方々が居るわけですから。

日本国民としての義務は果たすつもりがなく、権利が欲しくてあれこれ言う人、郷に入りても郷に従わない人は、元々民族の誇りを持てていないのだと思います。本当に誇りがあるならば、他民族のそれも尊重するものです。。。



[20] Re: 国籍のこと

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 7月25日(火)22時24分53秒   返信

>>19
baseheat様

与党であれ野党であれ、国会議員が「国のために働く」という認識を共有していて、「国がよりよくなる政策」について国会で建設的な議論を戦わせてくれれば良いのですが、残念ながら現在はそうなっていません。
国会議員であっても他国のスパイの様に行動する人もいれば、意見が対立する政党を叩くことが議員の仕事と認識している人もいるようですが、いずれも国会議員に求められる職責を果たしているとは言えません。
とは言え、それらの国会議員が正当な選挙により選出されたのでしたら、責任は選挙で質の悪い立候補者に投票した有権者にもあります。
しかし、そもそも立候補資格のない人物が立候補を認められていたなら、有権者による投票以前の問題であり、選挙事務を司る総務省の有権者に対する背信行為ですよね。
国会議員は国家の秩序を形作る法律を制定する権限を持つのですが、蓮舫氏と同様の事例が過去にあった可能性は否定できませんし、このまま国籍と選挙関連の制度が改められなければ、今後も同様の事例が発生することになります。
今現在、蓮舫氏と同様の問題を抱えている国会議員が他に存在する可能性も否定できません。
このままの状態が放置されるのでしたら、立候補資格を持たない外国のスパイが国会議員になって、日本にとって仇となる法を制定する形の破壊工作が可能になりますし、それに対して何の対抗手段も持たないことになりますが、それで民主主義が機能していると言えるでしょうか。
加計学園の問題よりも、蓮舫氏自身の国会議員資格の問題と、重国籍者が実態として野放しになっている問題の方が、日本の国家としてのあり方にとって遥かに重要なのですが、国会にはその重要性を理解している人がいないようです。
政府の中で移民受け入れの是非について議論が行われているのですから、今の様に重国籍者の扱いがいい加減なままでは、今後益々重国籍者の数が増え続けて、場合によっては国籍という概念自体が無効化されるかもしれませんね。
或いは、それこそが狙いという疑いも拭いきれませんが。

国籍の意義や、民族への思い入れについては、国によって、民族によって異なりますので、特に世界の中でもユニークな文化を持つ日本を、出来る限り今の状態のままに保ちたいのであれば、極力外国人を日本に入れない、帰化を認めるにしても民族的な拘りを捨ててもらって、日本に同化してもらう必要があるのではないでしょうか。
現在ですら、民族性の違いを強調して日本国民に無理を強いる一部の人々によって、日本社会の秩序は歪められていますので、民族の誇りを強調するなら、その人は自分の出身国に留まって国のために尽くせば良いのです。
やはり、郷に入っては郷に従ってもらわなくてはなりません。



[19] Re: 国籍のこと

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 7月25日(火)00時13分32秒   返信

管理人様

中川昭一さんのお話は思い出しました。そうですか。。。
このところの自然災害の多さなども、無用な矛盾が世の中に噴出しているのをきちんと片づけることをせずにいるがゆえなのかもしれませんね。それにしても…と思うのは、与党政府であれ、野党であれ、国の為に働く国会の議員なのですから、国籍の問題は、誰ということではなしに端的に指摘すればいいのに、それがどうして難しいのかな???と思うようなことが多いです。いろんなところのいろんな人に、様々なしがらみや利害の積み重ねがあるのでしょうね。これも、国民の中に浸透してしまっててかたづけにくいことがらの一つと言えるのでは?
日本の国籍についても、日本に帰化するとしても、民族の証は消さずに誇りを持って日本国籍となれるようにしたらいいのになと思います。もっとも、民族の誇りって、外に見せるものというよりは、自分自身の生きざまとしてあるものですけれど。



[18] Re: 国籍のこと

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 7月24日(月)21時16分31秒   返信

>>17
baseheat様

「嘘に対する姿勢が厳しくなる」というテーマは、『銀の紐』でも過去に取り上げています。

例えばこちら。
http://inside-silvercord.blogspot.com/2010/02/5.html

http://inside-silvercord.blogspot.com/2010/03/q_23.html

少々時間はかかりましたが、ようやく社会が「嘘に対する厳しい姿勢」に傾きつつあるけれども、その現実を受け容れられない「嘘吐きのペテン師達」が必死の抵抗を試みているのが現状と見ています。

さて、民進党代表の蓮舫氏については、一言でまとめると「国会と政府のケジメ案件」と見ています。
先般の蓮舫氏による記者会見において、実は国籍法上の日本国籍が確定しないまま国政選挙に立候補し、国会議員として長年活動し続け、一時は政府の閣僚も務めたことが示されました。
蓮舫氏の会見を通じて、現行の国籍法と公職選挙法が機能していない実態が暴かれたことになります。
大まかには、蓮舫氏自身の問題と、法制度の問題の二つに分けられます。

ます、蓮舫氏が直近の立候補、当選した参議院選挙の時点では、蓮舫氏の国籍が確定していませんので、当選前に遡って蓮舫氏の立候補を取り消さなくてはなりません。
当然ながら、蓮舫氏が国会議員として得た歳費は返還してもらわなくてはなりませんし、場合によっては刑事訴追を行う必要が生じるかもしれません。
参議院には懲罰委員会があるのですから、蓮舫氏が立候補の資格を持たずに立候補し、国会議員としての権限を行使し、歳費を得ていたという憲政史上の不祥事について、参議院として何らかの結論を出さなくてはなりません。
この件に参議院として何の意思表示も無い場合、参議院は公職選挙法違反を容認する立法機関であることを、自らの姿勢で示すことになります。
立法機関としての国会の正当性が問われることになるのです。

次に、蓮舫氏の二重国籍問題により、国籍法と公職選挙法が機能していない実態が暴かれました。
問題は、関連する法制度の齟齬と、齟齬の解消に努めてこなかった立法機関の責任放棄にあります。
簡単にまとめると、憲法によって選挙権は国民にあり、国民の要件は国籍法で重国籍を禁じているのに、重国籍の把握は対象者の自己申告に頼っていて、罰則もありません。
選挙の立候補資格は公職選挙法で定めていますが、戸籍謄本(抄本)で日本国籍の有無を確認するだけなので、日本国籍さえあれば重国籍者でも立候補が認められます。
この齟齬を解消するには、国籍法を変えるか、憲法を変えるしかないでしょう。
憲法と国籍法、どちらを変えるにせよ、現状を追認して条文を合わせるか、国籍法を厳格化して取締を強化することになりますが、現状追認は簡単でも長期的に治安の悪化要因となりますし、取締強化は導入に際して大きな反発を覚悟しなくてはなりません。
どちらにしても別の問題は生じますが、現在の「法は飾りに過ぎない」状態よりはマシではないでしょうか。



[17] 国籍のこと

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 7月23日(日)00時47分29秒   返信

民進党の蓮舫さんの国籍に対してのご本人と周囲の言動や行動ですが、あれはことの経過を明らかにするというよりは、明らかにしないことに対しての正当化を試みているだけに思えています。
差別に繋がるという、飛躍した論点で正当化を図っていますが、彼女は半ば公人であり、ことによっては法律を意図的に犯し続けているとも考えられるわけですから、日本の政治に携わる国会議員として、日本の政党の党首として、公明正大に自分のやってきたことを説明するのが自立した責任ある大人の行動かと思います。
潔く真実を語ればまだしも、それをしないでいるが故の政党支持率低下であるわけで、そこをきちんと党内で正すことができないならば、もはや政党としての形を成さない団体であるということでしょう。
今年の後半は特に、ミクロでもマクロでも、それぞれの本質が明らかになる傾向か顕著になるような気がしています。嘘やごまかしが効かなくなるということでもあり、20年以上前に聞いた魂の領域では、嘘やごまかし、真実ではないことがらに耐えることができなくなってきており、いずれ、自助作用的にそれらを排除するような傾向になる」という話が現実になりつつあるように思います。キリスト教的な観念では、嘘は罪ですし。



[16] Re: 日本への影響とは

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 6月26日(月)21時52分34秒   返信

>>15
baseheat様

日本国内でしたら、外国人が関わっている場所に影響が現れやすいとは言えると思いますが、他にも外国との間で様々なやり取りをする接点となる場所も、比較的影響が現れやすいのではないでしょうか。
外国との間でやり取りといっても、人・物・金・情報など、様々な形態のやり取りがありますので、その影響が及ぶ範囲も大きくなりますね。



[15] 日本への影響とは

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 6月26日(月)00時02分14秒   返信

ヨハネの黙示録の解読にあるなかで、今後日本に影響が出るもの、それも日本国民に直接関わりがあること…というものを考えていました。
以前に、セブンイレブンが裏で別の店と繋がっている夢の話がありましたが、それのことかなと思いつきました。
アパレル、コスメ、食材、飲食業、サービス業、出版、マスコミ、通信、福祉…と様々な分野の企業に割合はそれぞれ違っていても一定の数で、異国民が役割を担っています。表向きは日本の企業のところもあるでしょう。



[14] Re: 蝗

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 6月21日(水)21時17分36秒   返信

>>13
baseheat様

セクハラも牛歩も、法案の内容とは無関係ですからね。
国会議員なのですから、法案の中身を精査してもらいたいのですが、では、いざ法案審議に入ると「キノコ狩りで逮捕がぁ~」なのですから、国会議員としての適性以前の問題です。
それと「三分の一が淘汰」と、どういう関わりがあるのかは分かりませんが…と言うことにしておきましょう。



[13] Re: 蝗

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 6月21日(水)04時27分32秒   返信

>>12
管理人様
コメント、ありがとうございます。
成程と思うのは、国会が開催されている時によくみかけるようになったことで、女性の議員を前面に出して出入りなどを妨害して、対立する党派の男性議員が
少しでも触れると、セクハラだと騒ぐ戦略??!です。(余りにも稚拙で、こんな方々は、野党であっても議員になっていただきたくないと思うのですが)
牛歩をした方などもいたようですが、そもそも何のために牛歩するんだかというあたりが中身が無さ過ぎて、反与党の方でも支持する人が居るのが不思議な内容です。野党支持するなら、野党としての責任や役割をしっかり果たすように支持する人は働きかけないといけないんじゃないのかな…と思いますが。。。今の様子だとそれをしても無駄かもしれません。
最近時々、自分達が何をしているのか分かっていないのかな…と思うこともしばしば。思考停止の先へと進んでいるようにも思えます。。。心配しても仕方ないのでしょうが、三分の一の淘汰ってそういうものなのではとも思えています。

> >>11
> baseheat様
>
> 民進党の党首の方や、一部の女性議員の方、あるいは東京都知事など、国家に影響を及ぼしうる立場にある一部の女性が、黙示録に登場するイナゴの記述に符合する――管理人もその様な見方は有りだと思います。
> もう一つの見方として、「女の髪に人の顔をして、獅子の歯のような歯を持つイナゴ」とは、「女性を表に立てて、善人面を装いつつ、獅子のように今にも噛みつかんばかりの言動で相手を威嚇しており、その本質はイナゴのようにあらゆるものを食らい尽くす災厄そのもの」の組織、とした場合に、(少々小物感は否めませんが)民進党の印象により近づくとは思いませんか?
> 先日閉会したばかりの国会審議で、組織犯罪処罰法改正案(テロ等準備罪法案)の審議が行われましたが、あの審議における民進党の姿勢こそ、黙示録に登場するイナゴらしさが現れていると思いますが、いかがでしょうか。



[12] Re: 蝗

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 6月20日(火)21時32分15秒   返信

>>11
baseheat様

民進党の党首の方や、一部の女性議員の方、あるいは東京都知事など、国家に影響を及ぼしうる立場にある一部の女性が、黙示録に登場するイナゴの記述に符合する――管理人もその様な見方は有りだと思います。
もう一つの見方として、「女の髪に人の顔をして、獅子の歯のような歯を持つイナゴ」とは、「女性を表に立てて、善人面を装いつつ、獅子のように今にも噛みつかんばかりの言動で相手を威嚇しており、その本質はイナゴのようにあらゆるものを食らい尽くす災厄そのもの」の組織、とした場合に、(少々小物感は否めませんが)民進党の印象により近づくとは思いませんか?
先日閉会したばかりの国会審議で、組織犯罪処罰法改正案(テロ等準備罪法案)の審議が行われましたが、あの審議における民進党の姿勢こそ、黙示録に登場するイナゴらしさが現れていると思いますが、いかがでしょうか。



[11]

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 6月19日(月)01時38分56秒   返信

題名の漢字、いなごと読むんですね。。。初めて知りました。虫の皇帝という意味なんでしょうか…。
日本国内にも起きていること…ということで、
最近のいくつかのことを思い出しました。
もっぱら、ニュースで上がるようなことですが、
民進党の党首の方や、国会議員の何人かの女性議員の方々の素行は、それに当てはまるのではないかと。
もしかすると、都知事も当てはまるのかもしれませんね。
そうやって考えると、それぞれのフィールドでも、そういう事象があるということでしょうか。



[10] Re: 第六の天使がラッパを吹いた

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 6月 3日(土)00時34分39秒   返信

>>9
管理人様
おっしゃる通りです。



[9] Re: 第六の天使がラッパを吹いた

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 6月 2日(金)22時52分29秒   返信

>>8
baseheat様

> リフレーミングという言葉

視点を変えてみる、とか、相手の立場で考える、という奴ですね。
これを駆使できるのは経験豊富な人で、過去に積んだ様々な経験を今に活かせる人、そして観察力と想像力に優れているので、細かな一致点や相違点に気づいたり、リアリティ溢れる予想が可能となります。

で、この様な聡い人、察しのいい人は、結局「悪事を極めても先がない」ことを悟るはずですので、にわか知識や半端な能力を悪事に用いている時点で、自分は「何にも判っていない人」だと自己紹介するようなものです。
悪事とは、誰かが「それをやられたら困る」と思う様な事を指すのですから、悪事に手を染めて一時的に「上手くやった」と思っても、必ずその行動に反発する人を生んでいるので、そんな行いが永続するわけがないのです。
三分の一が排斥されても、残りの三分の一から良からぬ者が出るのも、人間の中には失敗を重ねて痛い目を見ないと理解が深まらない者が沢山いるということではないでしょうか。



[8] Re: 第六の天使がラッパを吹いた

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 6月 1日(木)20時15分34秒   返信

>>7
管理人様

預言とは、正にそのために神から為されるものと理解しています。
直接、間接に関わらず、そこに生きた者がどう生きるかで、同じ骨組みのシナリオでも見えてくるものが変わります。

最近、リフレーミングという言葉をよく聞くようになっているのですが、物事の活かし方の工夫で、これまでは見えていなかった展開、可能性に気付けるというものです。言葉は輸入品ですが、昔から日本でも言われてきたことです。

ただ、それも良いことに使われるだけではなく、悪事を働くにも使えるわけで、今まで知らなかった悪事の手立てやそれに活かせる物事を、表ざたになった事件などから学び、新たな悪事に使いまわす者が出てくることもあります。 そのあたりは、おそらく、三分の一が排斥されても、その残りの三分の一から、新たな良からぬ者が出るという辺りなのかなと、このところの世間を見ていて思います。


>
> 黙示録の該当箇所は、小羊が巻物の第七の封印を開いた時に起こるはずの出来事について述べていますが、他の「神の裁き」の時代でも似通った出来事が起きる様です。
> (参考記事『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ(その6))
>
> http://inside-silvercord.blogspot.com/2014/09/blog-post_19.html
>
> そして現代は、第二の封印を開いた後の「神の裁き」が始まったところですから、黙示録の該当箇所の描写に当て嵌まるような出来事が観察できる筈だ…と言うのが、『銀の紐』で黙示録を解読して得た予想です。
> もしその予想が当たっていたら、私たちは黙示録の記述を指針にして、今後起こりうる事態に備えることができます。



[7] Re: 第六の天使がラッパを吹いた

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 5月26日(金)00時11分22秒   返信

>>5
baseheat様

黙示録の該当箇所は、小羊が巻物の第七の封印を開いた時に起こるはずの出来事について述べていますが、他の「神の裁き」の時代でも似通った出来事が起きる様です。
(参考記事『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ(その6))

http://inside-silvercord.blogspot.com/2014/09/blog-post_19.html

そして現代は、第二の封印を開いた後の「神の裁き」が始まったところですから、黙示録の該当箇所の描写に当て嵌まるような出来事が観察できる筈だ…と言うのが、『銀の紐』で黙示録を解読して得た予想です。
もしその予想が当たっていたら、私たちは黙示録の記述を指針にして、今後起こりうる事態に備えることができます。



[6] Re: 神の言葉とは かなり脱線してますね。

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 5月25日(木)00時39分42秒   返信

>>4
baseheat様

仰る通りですね。

> だって統一見解が本当に出てしまったら、それこそ本気で悔い改めなければならなくなりますから。

特にこの部分は「その通り」と頷いてしまいました。
そして「この点を悔い改めなくてはならない」と気づいたと言うことは、神の言葉に付いての理解を深めて、一つ賢くなった、少し成長した証しですので、本来なら喜んでいい場面なのですね。
ところがキリスト教会では、「悔い改める」ことについて、「過去に過ちを犯してしまった」とネガティブに受け止めているようですので、「過去に過ちを犯していたと認めたくない」心理が働くのかも知れません。



[5] 第六の天使がラッパを吹いた

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 5月24日(水)22時27分42秒   返信

「[黙示録再解読]:第一の災いと第二の災い 」のところですが、書かれてあることからすると、現在進行形の事象ということのようですね。思いついたのが、余りにも低次元なものが多いので、書くまでもないような気もしましたが、

>>その間違いに気づくには、一旦人間の本性をさらけ出して、その醜い有様を直視しなくてはなりません。
>>その為に四人の天使が解き放たれて、人々のありのままの姿を表に出す役割を担います。

今まで公にはならないような、不祥事や事件などが増えている気がしませんか。自制が効かなくなって、思わずだったり、うっかりだったり、時にはすでに心の判断が失われているかのような事件もあります。



[4] Re: 神の言葉とは かなり脱線してますね。

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 5月24日(水)22時01分52秒   返信

管理者様

> http://inside-silvercord.blogspot.com/2016/04/blog-post_29.html

この記事は拝見しておりますが、再度読んでみました。
聖書の文章に対して解釈をする方々の姿勢が、自らの利害や地位や名声への配慮などから切り離されたものであれば、それほど様々な見解になることはないのではと思います。そして、神の言葉が指し示すところというのは、その姿勢の素直さに表されるものではないかと思っています。自分の解釈が正しいかを公に認めさせるとか、信者の方々に正しい答えを授けるとか…という命題があなら、そこですでにずれているのでは?

イエス様が、彼の知る神のことを人々に話したのは事実だとしても、彼が全人類の罪を肩代わりする為に生きて死んだというのは、彼が語ったことなのかな???という疑問があります。聖書を読んだ記憶からですが、彼は罪人を必要以上に攻める人々に対して、罪を犯したことがないというものがいるのかと問いかけはしました。彼が主として説いたのは、自然のままに生きよですし、悪いことをしたと気づいたら悔い改めなさいでした。その辺りは、こちらの関わりの霊界の方々が今まで示してくださった、人が生きて死ぬ意味とさほど違いはないかと思います。自分の行いと世の中とのことから、学んで正して生きなさいじゃないかと。

> 「神の言葉」の解釈は神に尋ねれば良いのに、人間を相手に結論の出ない論争に明け暮れているから、いつまで経っても統一見解が出ないのだと思いますが、如何でしょうか。
> 神様を信仰していると自称する人であれば尚更、人を相手に自説の正当性を争うよりも、神様に向き合うのが正しい信仰のあり方だと思います。

聖書に書かれているのは、この二つの文章に現れていることではないかと思います。
最初の方などは、統一見解を出したくないのだろうなとも思います。だって統一見解が本当に出てしまったら、それこそ本気で悔い改めなければならなくなりますから。

本論の黙示録から大分外れてしまいました、すみません。このあたりで。。。



[3] Re: 神の言葉とは

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 5月23日(火)22時29分9秒   返信

>>2
baseheat様

ヨハネの黙示録では、「神の刻印」とは「獣の刻印」と対で登場します。
『銀の紐』掲載記事【『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ補足1】にて、神の刻印と獣の刻印についての説明を試みました。

http://inside-silvercord.blogspot.com/2016/04/blog-post_29.html


獣の刻印についての説明と比べると、神の刻印についての説明は大雑把でピンぼけの感が拭えませんが、この記事では「黙示録の記述から神の刻印の意味合いを読み取るとこうなる」という視点から捉えています。
黙示録の記述に拘らなければ、もっと的確な説明が可能だったかも知れませんが、それでは「黙示録の内容を解読する」という記事の趣旨から外れますので、そこまでは踏み込みませんでした。

最初に「神の言葉」を受け取った預言者に確認が取れれば、聖書の解釈に食い違いは生じません。
「~はどの様に理解したら良いのでしょうか?」と直接預言者に聞いて、神様に伺えばよいのです。
ところが、預言者が亡くなった後の時代に、その預言者が残した「神の言葉」を軸として信仰する集団があると、当の預言者を通じて神様に「~はどの様に理解したら良いのでしょうか?」と伺う事ができません。
かといって、人間より遥かに多くの物事を知るはずの神を信仰し、その証拠として預言者が神から受けた「神の言葉」を信仰の軸に掲げているのに、信徒の疑問に答えられなかったり、曖昧なまま放置していては、彼らが掲げる「神の言葉」の信憑性にも疑義が生じます。
そこで苦肉の策として、信仰集団を取りまとめる者が何らかの見解を示すのですが、その者は預言者ではないので、直接神に尋ねることもできませんし、所詮は人間の浅知恵ですから、どこかで必ず実態との食い違いや論理破綻が生じます。
そうすると「お前の言うことはおかしい!」と異論を述べる者が出てきて、元々の「神の言葉」をそっちのけに、自説の正当性を巡って終わりのない論争を始めるのです。
「神の言葉」の解釈は神に尋ねれば良いのに、人間を相手に結論の出ない論争に明け暮れているから、いつまで経っても統一見解が出ないのだと思いますが、如何でしょうか。
神様を信仰していると自称する人であれば尚更、人を相手に自説の正当性を争うよりも、神様に向き合うのが正しい信仰のあり方だと思います。



[2] 神の言葉とは

投稿者: baseheat 投稿日:2017年 5月23日(火)00時56分33秒   返信

第一の災いと第二の災いの記事で、何度となく神の刻印とか、神の言葉といった表現が出てきます。
黙示録自体(もしかすると聖書自体)、そこがキーワードとなっているのですが、では神とは何であり、その言葉や刻印は何を示しているのか…というのは、おそらく統一見解はとれたことがないだろうと思います。少なくともキリスト教に於いて、会派全体で統一されたこともなければ、統一しようとしたこともないでしょう。けれど、そこが曖昧なままでは、都合のいい解釈が神を騙ろうとする輩の数だけ増えていくことになりますね。本来キリスト教に限らずで、地球に生きとし生けるものにとって、神の言葉や働きとは何なのかを考えてみることは、騙る者の手に落ちることなく歩むための一歩ではないでしょうか。



[1] 検証しましょう

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2017年 5月16日(火)21時43分30秒   返信

リクエストがありましたので、とりあえず検証スレッドを立ててみました。
時期的には、世の中の動きが分かりやすくなってきたかに見えますので、検証をはじめるにはちょうど良い頃合いかも知れません。
どの様に進めてゆくのか、はっきり決めているわけではありませんが、いずれ、此処に蓄積された内容をまとめて、検証記事として『銀の紐』に投稿できれば良いな…と思います。

『銀の紐』掲載中の黙示録解読関連記事は、こちらのリンク先にありますので、参考まで。

【黙示録関連記事一覧】
http://inside-silvercord.blogspot.com/2016/07/blog-post_1.html

【[黙示録再解読]関連記事一覧】
http://inside-silvercord.blogspot.com/2016/08/blog-post.html


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