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[31] 吃音者自身の吃音場面処理能力

投稿者: 蹴飛ばし親父 田中 投稿日:2020年10月 4日(日)12時50分31秒   通報   返信・引用

吃音者は自分の吃音の状態を考えながら、その都度の発言の場面を一番いい状態で対処を考えて処理をしてきた。自分の思た以上に吃っり、心配したが思った以上に上手に喋れる事がある。
色んな場面を沢山体験して「吃音場面の処理能力」なるものが、その都度の体験から学んで対処能力が向上して、年令を重ねる毎に吃音症状が軽くなってくるのが普通である。
私は、長年の経験から吃音者への「合理的配慮」は大賛成である。
「合理的配慮」をすることによって自分の力で対処する力が弱まってしまうと言う人がいる。自分の力で人生の様々な課題に直面して、それに対する能力が弱まってしまうと、懸念をしている。
合理的配慮は場面毎の配慮であって、無自覚な配慮は極少ないと思う。一般的に言って一般の会社では「障害者手帳」を持っていないと難しいと言えよう。学生や公務員とかそれに準じる比較的恵まれた人達は別であろうが?
会社の研究所の研究員の採用を考えてみよう。最近の事例は知らないが私の現役の時代は教授の推薦状の中に吃音の事を書いていてくれた。また自己開示で吃音のあることを申告しても採用者は配慮する。一般職と違って研究能力と吃音はほとんど関係ないと言えるからである。
吃音者だけでなく、一般に色んな場面で色んな人に配慮したり、受ける事は世の中を円滑に回すために大事である。一般に配慮する事はいいことといえよう、しかし「配慮」の裏側は「甘え」となる事もお事実である。従って配慮を受けた側としては感謝する事と共に出来れば「プラスα」のお返しする事である。色んな面で配慮を受けても直接は返せない場合いが多い。身近な人に返せは良いのである。
配慮は子供や部下を育てる精神は同じといえよう。自転車に乗り始めた子供を見守る親と同じである。転びそうになるとサドルを持つ、上手に乗れている時は手を放して褒める。
サドルを持った事を気付かれないのが一番よいのである。本人に気付かれない方が良いが気付いても感謝しながら受ければよい。


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