直接民主制の是非について語るスレ




[0] 直接民主制の是非について語るスレ

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2014年12月 2日(火)20時49分1秒 

世間では師走の総選挙戦に突入しておりますが、こちらではインターネット空間の片隅でひっそりと「隠し切れなくなった日本政治の欠点」と、「直接民主制導入の可能性」について考えてみたいと思います。

ソースは『銀の紐』掲載の以下の記事から、考察の叩き台にします。
http://inside-silvercord.blogspot.com/2014/04/blog-post_23.html

ご覧の皆様の意見も伺いたいと思いますので、管理人の考察についての異論・反論・ご意見や、皆様の持論の紹介など、「一言もの申したい」ことがありましたら、気軽にご参加下さい。





[28] 全ての国民が目的意識を共有できるか?

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2015年 2月 7日(土)19時00分4秒   返信

ここまではソラゴト様よりお寄せ頂いた質問への回答として、>>17,22-26で大まかな所を述べました。
ここからは>>26の冒頭で述べた「すべての国民が自分以外の国民に対しても我が事の様に考えることの出来る社会」を、国家目標として全ての国民が共有できるか否かについて、更に考えてゆきましょう。
ご意見やご質問がありましたら、随時コメントをお願いします。

「これからの日本をどの様にしたいのか?」という問いに対して、現状では全国民の一致した回答は見いだせないでしょう。
現在はおよそ一億二千万人の日本国民がおり、その中で政治的な意思決定に携われる有権者の人数も一億を超えますので、それだけの数の国民が納得し、賛同できる国家目標の設定自体が、なかなかに骨の折れる作業になります。
現に、日本の統治機構は国会・政府・裁判所の三権で構成されておりますが、そのうちの国会は選挙を通じて選出された国民の代表者で構成されます。
国民の代表で構成する国会が、国家を統治する法律を定め、その法律に基づいて政府が政策を推進します。
一方、裁判所は、国会が定めた法律を基準として、国内の秩序維持に努めます。
それら三権は、選挙という有権者の間接的な意思表示を権力の源泉としておりますが、では、その三権により統治されている現在の日本は、有権者が満足(少なくとも納得)出来る社会を作り出せているでしょうか。
それはNOで間違いないでしょう。
今の社会に満足(少なくとも納得)出来ているなら、もっと政府や国会はその尽力をねぎらわれているでしょうから、やはり現代社会に不満を抱える有権者の数は少なくないのでしょう。
それでは、現時点では不満を抱えているとして、日本を統治する三権は有権者の不満を解消する為に努力を重ねていて、今後その不満が解消される方向に推移しているか? についてはいかがでしょうか。
YESと答える方が多数を占めるのでしたら、現在の国会・政府・裁判所が取り組んでいる「これからの日本をこの様にしたい」という方向性は正解で、現在抱えている問題が今後解消される見通しは立つことになります。
一方、NOと答える方が多数の場合は、現在の国会・政府・裁判所の取り組みが有権者の意思を反映できていないので、有権者の抱える不満は解消されないばかりか、三権による見当違いの取り組みの影響で、更に不満を募らせる結果にもなりかねません。
その場合は、現在の「選挙を通じて国会に代表者を送る」という方法では、有権者の意思が三権にきちんと反映されていないことになりますので、有権者の意思がきちんと三権に反映される方法を考えなくてはなりません。
こちらに付いても、管理人はNOではないかと思うのですが、それでは、現状よりも有権者の意思が三権に反映され、有権者が満足(少なくとも納得)できる社会を築く方法はあるのでしょうか。




[27] ご返信ありがとうございました

投稿者: ソラゴト 投稿日:2015年 2月 1日(日)23時48分51秒   返信

詳細なご返信を頂きまして、ありがとうございます。
これを受けまして、改めて私の意見を述べた上で、建設的な議論につなげられれば…と思っております。
が、年度末が近づいてゆっくり長考しつつ文章を書く機会がなかなかとれなくなってしまいました。
せっかく土台を整えて頂けたのにも関わらず、もう少しこの状況が続くと思いますので、先にお詫び申し上げます。

他にもこの議論に参加する方がいらっしゃるかもしれませんし、しばらく間があくと思いますが、勝手ながら、当方の落ち着いたところでまた参加させて頂きます。申し訳ありません…



[26] Re: 世襲は悪か:間接民主制の限界と直接民主制のシステム不備

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2015年 1月22日(木)21時37分33秒   返信

>>25の続き

スレッドタイトルと『銀の紐』の関わりについての補足となります。
一つ前のコメントで、霊界の住人の「これからの日本をどの様にしたいのか」に対する管理人の意見として、「すべての国民が自分以外の国民に対しても我が事の様に考えることの出来る社会」を作り上げることと述べました。
これからの日本が目指す目的として、管理人がこの様な意見を述べたのは、これまで『銀の紐』などを通じて皆様に紹介してきた霊界の住人の皆様のメッセージや、『ヨハネの黙示録』を解読する一連の記事から、今の人間に取ってハードルは高くても実現可能性を見込める目標であり、その先にある最終目的に辿り着く為の通過点になると考えたからです。

『銀の紐を越えてα』掲載記事【宇宙の構造と神々や人間が目指すもの[メッセージ修正版01]】では、人間の目的を「神の境涯を極めること」と述べています。
この記事では人間を対象に述べていますが、この宇宙に存在する全ての霊が対象になると考えています。
何故なら、同じ記事で以下の様に説明されています。
神々も完成された存在ではなく、更なる成長を目指すには、今自分達が存在する宇宙が完成されて、宇宙が輪廻を脱する必要があるそうです。
そして、宇宙が完成されるには、その宇宙に存在する全ての霊が神の境涯を極めなくてはならない様です。

さて、この宇宙に存在する全ての霊にとっての最終目的を簡単に述べましたが、一方『銀の紐』に掲載した【『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ(その1)】から始まる一連の黙示録解読記事では、人間に宿る霊が次の段階に成長するまでの大まかな筋道が記されています。
記事【『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ(その10)】には、人間に宿る霊が目指す目的が示されています。
地球が人類の生存可能な環境を維持できる期間は限られていて、その間に一定以上の霊的成長を遂げた者だけが、新しく環境が変わった後の地球に引き続き留まって、神と共に過ごすステップに進みます。
一方、ここで一定以上の霊的成長が出来なかった者は、現在の地球と同程度の成長度の霊がいる別の星へ移転(第二の死)しなくてはなりません。
ですから、『ヨハネの黙示録』から読み取れる、私たち人間に宿る霊にとっての当面の目標は、人類滅亡後も地球に留まって神と共に過ごせる程度に、霊的成長を遂げることです。
それに、この宇宙に存在する全ての霊にとっての最終目的を勘案すると、第二の死を免れて、そのまま地球に留まれる者の数が多ければ多い程、より早く最終目的に近づくことになります。
それでは、人間に宿る霊としての当面の目標に達する為には、どうすれば良いのでしょうか。

そこで特に注目したいのが、記事【『ヨハネの黙示録』を構成する三段階】です。
この記事では、人間に宿る霊の成長を促す為に、大まかに三段階に分けて、霊界から人間に対する働きかけの方法を変えて行く点についての解説をしています。
大まかに述べると、最初に一部の成熟度の高い者を選んで、集中的にスパルタ教育を施すことによって、他の未熟な者を指導できる程度に成長させます。
それを繰り返して、未熟な者を指導できる者達の数を増やしてゆき、一番最後に一定以上の霊的成長を遂げた者とそうでない者を判別しています。
最後に判別するのは神々なのでしょうが、ここで私たち人間に宿る霊が問われているのは、自分自身の霊的成長はもちろんのこと、自分より未熟な者の霊的成長を支援し、より多くの者が第二の死を免れる様に働きかけているかどうかも含まれると言うことです。
自分自身のことだけを考えていてはダメで、全体として成長する為にどの程度尽くせるかが問われています。

そこで冒頭に戻るのですが、霊界の住人の「これからの日本をどの様にしたいのか」に対する管理人の意見として、「すべての国民が自分以外の国民に対しても我が事の様に考えることの出来る社会」を作り上げることと述べたのは、人類全体としての成長を模索する為には、まず日本国民全体としての成長を促す必要があって、その為にはすべての国民が、この日本を共同で運営して行く当事者であり、成功も失敗も国民全体として分かち合うことをもっと強く意識する必要があると思うからです。
言わば、霊界から人間に対する働きかけを、人間対人間の政治的な視点に置き換えた時にはスレッドタイトルの様になると考えているので、管理人にとって『銀の紐』とスレッドタイトルは密接不可分なのだという認識です。

この度は大変お待たせ致しました。
ソラゴト様から寄せられた疑問については、ここまでで一通り回答していると思います。
漏れがありましたらご指摘があれば追記しますし、ご意見があればお待ちしております。



[25] Re: 世襲は悪か:間接民主制の限界と直接民主制のシステム不備

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2015年 1月19日(月)21時29分44秒   返信

>>24の続き

>>19より、スレッドタイトルと『銀の紐』の関わりについての説明を求められておりますので、管理人の思う所を申し上げます。

スレッドの冒頭に、考察の叩き台とする『銀の紐』掲載記事を指定しました。
また、>>1からの「問題意識」については、叩き台の記事には記されていない部分で、このスレッドで考察の対象とする問題について、最初に取り上げる意図がありました。
この後、「問題意識」と、叩き台の記事の関係について記した後、現時点での管理人の大まかな構想を提示して、ご覧の皆様の意見を伺いながら洗練させて行くつもりでした。

そこで叩き台の記事を一言でまとめると、霊界の住人曰く、日本国民や政府が「これからの日本をどの様にしたいのか」という意思表示を明確にする必要がある、という結論になります。
また、コメント欄で管理人の個人的な意見を幾つか述べましたが、霊界の住人が指摘した「これからの日本をどの様にしたいのか」に対する、管理人の意見を一言でまとめると「すべての国民が自分以外の国民に対しても我が事のように考えることの出来る社会」を作り上げることとなります。
それを実現するには、すべての国民が「国家と国民全員の繁栄を第一に考え、その繁栄の果実を国民全員が納得できる様な方法で分配される必要がある」と考えます。
その様な方法を見出すには、国民全員の合意が図れる様な議論を経る必要があり、その前提としてすべての国民が主体的に国政に関われる環境作りをしなくてはなりません。

このスレッドで始めた議論は、最終的な目的地を予め明らかにした上で、世代を越えて徐々にその様な方向へ社会の仕組みを導いていけるか、どこまで具体的・現実的なロードマップを示せるかを試行錯誤する、一つの思考実験として立ち上げました。
最初に目的をはっきりさせた上で、現実との間を徐々に埋めていきますので、ソラゴト様のコメントにある「直接民主制のモデル」を示すのは最後になります。
制度設計の話を最初にしてしまうと、「仕組みを変える意図」が曖昧なまま、現在の制度からどの様に変えるかという視点になってしまいます。
ここではそうではなくて、予め目的地を決めた上で、その目的地に向かう為に仕組みを変える視点でいきたいと思いますので、制度の話は一番最後になるというのが、管理人の理解です。

ソラゴト様には、長らくお待たせして申し訳ございません。
スレッドタイトルと『銀の紐』の関わりについて、あと一つだけ追記がありますので、もう少々お待ち下さい。

次へ続く



[24] Re: 世襲は悪か:間接民主制の限界と直接民主制のシステム不備

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2015年 1月 6日(火)21時06分17秒   返信

>>23の続き
>>12より、世襲議員について考えて見ましょう。
ソラゴト様のご意見「世襲が是なのではなく、世襲を悪として世襲の利点を利用させまいとする現在の圧力をこそ問題にしているのです。」を拝見して、管理人にはソラゴト様の問題意識が理解できませんでした。
「世襲の利点」とは、一体何でしょうか。
これはあくまでも管理人の理解ですが、世襲議員とは、「先代が築いた特定の利害に基づく人間関係を相続された議員」なのだと思います。
議員なのですから、現行法上は選挙を通じて議会に選出された者を指すのですが、そこで特定の利害が、議員と支持者の間に生じます。
議員は議会などを通じた政治的活動によって、支持者の元により多くの利益をもたらし、その代わりに支持者は選挙の投票行為や献金などによって、議員の政治活動を支えます。
ここで問題になるのは、議員が支持者の元により多くの利益をもたらす活動自体は良いとしても、その活動が社会全体としてみると損失となってしまっても、議員と支持者という特定の利害を共有するサークルの意向が優先される場合がままあるのではないかと言うことです。
これが世襲議員ともなると、特定の利害を共有するサークルが世代を越えて維持されることになりますので、彼等と利害が対立する人々との確執は根深いものになるでしょう。
国会議員は国家の繁栄を第一に考え、地方議員は所属する議会が管轄する地方全体の発展を第一に考えるのが本分なのですが、それよりも支持者の利益を優先しているとしたら、批判を受けても仕方がないのではないでしょうか。
実際にその様な事例があるのか否かは別にしても、いわゆる世襲議員についてこの様な印象を持っている人が少なからず存在するからこそ、世襲議員に対する批判もあるのでしょう。

そこで、ソラゴト様のご意見にある「世襲議員の利点」についても考えて見ましょう。
議員としての活動の過程で築いた人間関係が、特定の政策に伴って生じる利害の対立を調整し、政策をスムーズに進める環境を整える際に役立ちます。
その人間関係が世襲されるのですから、議員としての活動を始める時点で、自身の政治活動の助けとなる多くの人脈を抱えているので、世襲ではない議員と比べると大きなアドバンテージがあります。
世襲議員は、先代から引き継いだ人脈を、自身の政治活動を通じて更に広げることが出来ますし、先代から引き継いだ人脈をより強固にする事も出来るでしょう。
その人脈を政治活動に活かせば、より大規模かつ困難な政策の実現にも寄与することでしょう。
しかし、それらの業績が期待できるのは、世襲議員であれば誰でもとはいきません。
世襲議員は、より困難な政治課題を解決する為に有利な環境を築きやすいとは言えますが、より重要なのは議員自身の政策課題に取り組む姿勢であり、社会問題への問題意識の持ち方にあります。
世襲議員が国家の繁栄を第一に考えて政治活動を行えば、歴史に残る大きな業績をあげることも可能でしょうが、支持者の利益や私利私欲の為に世襲した人脈を使えば、国家にとって損害となる事態を招きかねない可能性も考えておかなくてはなりません。

管理人は>>11で、「世襲」であるか否かは議員の必要条件ではないと述べましたが、以上の様に、ソラゴト様のご意見にある「世襲議員の利点」は、場合によっては「世襲議員の欠点」に転換する要素をはらんでおり、議員として功を立てるには、それよりも重要な要素があると理解しております。

次へ続く



[23] Re: 世襲は悪か:間接民主制の限界と直接民主制のシステム不備

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2014年12月27日(土)21時38分22秒   返信

>>22の続き
>>12より、ソラゴト様のご意見についてのコメントの続きです。

>2.国政の失策に伴う損害が発生した場合、妥当な責任の分担が為されているか、また失策に伴う方針転換は速やかに行われているか。

>→その責任の大きさは、誰がどのように算出し、どのように請求するのですか。そもそも、失策であるという判断は、誰が、どの段階で判断するのですか。

仰る様に、責任の大きさの算出など遣りようがありませんし、仮にどこかの賢い人が責任の大きさを算出する仕組みを編み出したとしても、失策に伴う損失の請求など出来るわけがありません。
失策の内容と規模にも因りますが、政府予算に匹敵する損失が見込まれる場合がありうると思いますので、その責任を、一部の政策決定に関わる人々や、政策を推進する人々だけで負い切れるものではありません。
だからといって、自らの責任を負い切れない程に強大な権限を行使している人々が居り、逆に自分自身の手ではどうしようもない損害を一方的に受ける立場の人がいる今の仕組みを、そのままにして置いて良いのでしょうか。

そこで、責任の重さを量れないのですから、政策決定に「有権者の承認」という手続きを加えることによって、全ての有権者に均等の権限を付与できるのではないかと思います。
権限を持つ者により重い責任を負わせるのではなく、間接的な弱い権限に比べて重い責任を負っている国民の側に、「その政策を行うか否かを決定する権限」を与えましょうということです。
そうすることによって、過半数の有権者に否定されてしまう様な法律は制定できなくなりますので、国会や政府による、有権者の納得を得る為の手続きがとても重要になってきます。

失策の判断については、政策決定の際に「定期的に政策を見直す条項」を設けておき、その条項に基づいて国会で「政策を継続するのか否か」を議論する仕組みにしておけば、その議論で失策であるかを判断できるでしょう。
或いは、政策の試行期間を設けて、試行期間を終えた段階で「政策の本施行・修正・中止」を再度判定する仕組みを設けても良いと思います。
重要なのは、それらの見直しの際にも、国会で審議される案件については、必ず「有権者の承認」という手続きを踏むことによって、国民に不評な政策には歯止めがかかることです。
国会や政府が政策の継続を判断しても、有権者がその判断を否認すれば、その時点でその政策は破棄されることになります。
ですから、国会や政府がその政策を継続する必要性について、有権者を納得させる説明が出来なければ、その政策は破棄されて国家の運営に支障を来すことになります。

場合によっては、国会の判断を有権者が否認した為に、国家の行く末を危ぶませる状況に追いこまれるかも知れません。
国家の政策を判断する権限とはそういうものなのですから、国民の一人一人が国政に関心を払い、少しずつでも日々研鑽を重ねることによって、国家としての政策判断の誤りを避けられる様になるでしょう。
>>17で「当事者意識の有無」について述べましたが、幾ら自分自身が研鑽を重ねても、周囲の人々がいい加減では、有権者全体としての判断は誤りが生じやすくなります。
ですから、研鑽を重ねている方が周囲の人々を巻き込むことによって、結果的に全体として目的意識や問題意識が共有化されて、適切な役割分担と国家全体としての協力体制を築く基盤になるものと期待しております。

次へ続く



[22] Re: 世襲は悪か:間接民主制の限界と直接民主制のシステム不備

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2014年12月25日(木)21時54分15秒   返信

>>17の続き
話をちょっと戻しまして、管理人が最初に示した二つの論点について、ソラゴト様のご意見を頂きました。

>>12より
> 1.選挙による国会議員の選出が、果たして民意を反映していると言えるか。

この点については、「国家を運営する手段を決定する者を選出する行為」を通じて、有権者が間接的に国家の運営に関与するという、間接民主制が持つ問題点の提起となります。
「→必ずしもそうとは言えないでしょう」として、それ以下にあるご意見について、管理人と概ね一致する問題意識を持っていると理解しました。
このテーマについて管理人が述べたいのは、「代表者の選出と言う手段」は、民意を推し量るには適さないのではないか? という意見です。

「A政策は評価できるが、B政策は評価できない」という点についても、「代表者の選出では民意を推し量れない」という問題提起の事例として取り上げました。
ここでソラゴト様は、「個別の政策について民意を汲み取る方法があるのか?」と疑問を表明されております。
ご意見では消費税の例を上げて頂きましたが、その様な細かい点について逐一民意を図る必要は想定していません。
そもそも、「何故消費税を増税しなくてはならないのか」、或いは「なぜ8%(10%)なのか」という点について、法案を審議する国会議員や、法案を提出した政府(閣法の場合)は、具体的に根拠を説明できると思いますが、有権者に彼等と同等の理解を求めるには無理があります。
但し、法案を審議する国会や政府程深い理解ではなくとも、有権者が審議中の法案を大雑把に理解しておく意義はあると思いますので、法案審議の場を有権者に対するプレゼンテーションの手段として活用したら良いのだと思います。
そして、現在は衆議院・参議院で審議・可決した法案が法律として制定されますが、衆参両院で可決した後に、有権者の承認を得るというステップを追加することによって、民意が反映されていると見なされると思うのですが、いかがでしょうか。
(ちなみに、衆参両院で可決した法案であっても、有権者の承認の段階でNOの意思表示をすれば、その法案は否決されると言うことです。国会と政府には、その法案の必要性について、有権者を説得する役目を担ってもらうことになります)

具体的な手段については、今後まとめて述べたいと思いますが、ネット投票が可能な環境が構築できれば、その仕組みを流用して実現性が高まるのではないかと考えています。
今すぐに実現できるわけではありませんが、少なくとも今後に新たな可能性を見いだせる環境は整いつつあるのだと見ております。

次へ続く



[21] お待ちしております

投稿者: ソラゴト 投稿日:2014年12月23日(火)15時18分2秒   返信

>>20

このスレについては、そもそも複数人であれこれ議論するものかと思い、枯れ木も山のにぎわいで、少しでも議論が活発になるきっかけになれば…と書き込ませて頂きました。ただ、考えれば考えるほど、「選挙制度」以前の問題のような気がするために、「制度」に焦点をあてたテーマだと論じにくいと感じました。

>>17

についても、現時点で私なりに返信する内容はあるのですが、まだこの後に補足されるとおもいますし、私がまだ管理人さんの想定する認識に至って居ないために生じる齟齬だとしたら、やはり前提となる管理人さんの想定をひととおり拝見すべきだと感じています。
もともと、このスレを有意義にしたいという目的で参加させて頂いたので…

いささか先走った感はありますが、私くらいが閲覧者のみなさんの平均的な理解度だと思いますので、管理人さんの目安にでもなれたなら幸いです。
管理人さんは「受け取れる人だけ受け取れれば」と考えていらっしゃるかとも思うのですが、「受け取りたいがもう一歩届かない」というボーダーラインに手を差し伸べる感じで見て頂ければ…

年末年始の忙しい時期になりますので、どうぞ管理人さんのペースで進めて頂ければ幸いです。
材料がそろったところで、共通認識の元に建設的な意見のやり取りができれば…と思います。
よろしくお願いします。


不信者氏の件、確かに不愉快な文章ですし、いきなりこのスレのテーマそのものを否定する内容なので違和感はありますが、霊的なものを扱う場で政治の話をするということに焦点を当てれば、内容的には至極普通の注意喚起だと思います。
もっとも、管理人さんは既に重々ご承知の内容とは思いますが。
内面的なことを個人的なブログとして綴る分には、管理人さんのスタンスで十分だと思うのですが、掲示板は基本は双方向なわけですし、管理人さんの管理の想定外のことも起こりうるかもしれません。

こちらのテーマに沿うならば、掲示板は「直接民主的な双方向性」という難しさと可能性をもっているかもしれませんね。

こじつけめいた喩えで恐縮ですが、掲示板の管理者たる管理人さんは、直接民主制においていわば行政を管理する立場にいらっしゃるのかもしれません。
この場で、どの程度議論の方向性を定めていくのか、逸脱をどれだけ許すのか、どれだけ参加者の意向が反映されるのか、どうすれば実りある方向性となるのか。
そう考えると、このテーマを掲示板という場で扱う意義も見えてきて、興味深いですね。



[20] Re: 世襲は悪か:間接民主制の限界と直接民主制のシステム不備

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2014年12月22日(月)22時11分40秒   返信

>>19
物事には順序があって、理解を共有化する為には、順を追って丁寧に説明する必要があると思います。
また、この度お寄せ頂いたソラゴト様の一連のコメントには、管理人としても色々と思う所がありますので、返信に少々お時間を頂いております。
そして、ここまでにソラゴト様から頂いたコメントに、管理人の思う所を述べることによって、ご覧の皆様の疑問に答えることに繋がると思いますので、管理人としても丁寧に扱いたいと考えております。
もうしばらく時間は掛かってしまいますが、何回かに分けて一通り説明しますので、そこまでお待ち下さい。
また「たたき台になるような直接民主制のモデルを呈示して頂ければ」とのことですが、これは説明の最後に呈示します。
何故最後になるのかもきちんと説明しますので、申しありませんがお時間を頂けますか。
『銀の紐』との関わりについては、スレッドの最初に示した記事が出発点ですが、それだけでは説明不足のようですので、今後のソラゴト様へのコメントの中で、どこかに追記します。

不信者氏については、端から会話が成立して居らず、不信者氏ご自身が管理人からのコメントを求めておりませんでしたので、あの様な対応となりました。
『銀の紐』などのブログや掲示板をご覧になる方について、管理人にはお寄せ頂いたコメントから推測するしかありません。
また、閲覧された方のうち、コメントを残されていない方については、その方がブログや掲示板の内容をどの様に受け取られているのかなど、管理人には知る由もありません。
疑問やご意見のある方は、その都度質問やご意見をお寄せ頂ければ、管理人にも対応できますが、そういった反応を返して頂けない方については、自ずと限界が出て来ます。
ですから、管理人としては、疑問やご意見があれば、その都度コメントをお願いしますと申し上げるよりありません。



[19] Re: 世襲は悪か:間接民主制の限界と直接民主制のシステム不備

投稿者: ソラゴト 投稿日:2014年12月22日(月)00時15分11秒   返信

>>17

就寝前にふと見にきて、ご返信拝見いたしました。
まだこの後に続くと思いますので、当分お待ちしたいと思います。

できればその際、管理人さんからたたき台になるような直接民主制のモデルを呈示して頂ければと思います。
もちろん、簡素なたとえ話のようなもので構いません。

現在一般的に想定されている直接民主制のモデルでは、現代社会、ことに国政の決定には向かないものばかりです。たたき台にさえ使えません。
有用な想定モデルを出して頂ければ、そこをたたき台にできるのではないでしょうか。
逆にいえば、それなしで一般閲覧者の意見をというのは難しいと思います。

もう一つ、
不信者氏のレスは確かに不遜な雰囲気でもあり、そもそも議論に参加する意図でのレスではないのでこちらとしても非常に違和感はありますが、一つ、共感できることがあります。

それは、この掲示板がブログ『銀の紐』に付帯して設置されたものである以上、閲覧者としては、『銀の紐』同様に霊界との関わりを前提において話が進むものだと想定している、ということです。

不信者氏はだからこそ、おそらくはスレの説明も読まず、コメントも(管理人さんの返信以外は)見ることなく書き込んでいると思われます。
私は逆に、霊界がどういう仕組みを求めているのか知りたいと思いますが…霊界が示唆した以上、その辺が示されるもの、と当初やはり想定していました。

そうではなく、一般的な直接民主制の是非についての議論をというのであれば、
不信者氏が最初に書いたように、普通の政治ブログか政治系の掲示板で問題提起をした方が、はるかに有用で、議論も活発になると思うのですが、どうでしょうか。

あと、不信者氏のいう「短絡的思考」というのは、管理人さんを指しているのではなく、こういうところを見に来る閲覧者のことをさしているのだと思いますよ。
管理人さんも常々留意されていると思いますが、こういう、霊やオカルトを扱うブログに依存し、鵜呑みにし、自分流解釈したあげく、善意のつもりで迷惑行為を働く人々も、残念ですがかなりの数存在しますから。
不信者氏の意図も分からないでは有りません。その辺は読み取って下さってもよろしいのではないでしょうか。

もっとも、『銀の紐』は管理人さんのスタンスもあって、そういう依存的短絡的な人はかなり淘汰されているとは思いますが…
ただ、管理人さんには、閲覧者がどう思ってこの掲示板を見、書き込もうと考えるか想定しつつ、様々な意見を、ということであれば、意見を出しやすい場として設定していただければと思います。

今のところ、私がどうして制度設計の話を先にせざるを得ないのか、おそらくお分かり頂いていない…あるいは、管理人さんの想定に私の想定が追いついていないために、現状、当分私も静観せざるをえないと考えています。
ご検討いただければ幸いです。



[18] Re: 返事はいりません。読まないし。

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2014年12月21日(日)21時58分44秒   返信

>>16
どこがどの様に短絡的思考なのかが、よく分かりません。
少なくとも『銀の紐』など管理人が運営しているブログ上で、「デモやテロやクーデター」を推奨している記事は一つもありませんし、掲示板でも、管理人はその様なコメントをしておりません。
このコメントこそが「根拠のない決めつけ」であり、短絡的思考の代表例だと思いますが、いかがでしょうか。

また、コメントされた方が返事を求めようと、求めまいと、それを読もうと、読むまいと、一向に構わないのですが、それに対して他の人がどの様に対処しようと、ルールに則って頂ければ構いません。
もちろん、管理人がコメントを返すも返さないも、ルールを逸脱しない限りは、誰かに指図されるものではありません。



[17] Re: 世襲は悪か:間接民主制の限界と直接民主制のシステム不備

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2014年12月21日(日)21時33分48秒   返信

>>12
最初に、まとめ以下について述べます。

>1.民意は万能ではない。特に事象間の相互作用とその調整に関しては理解を浸透させるのは不可能に近い。

→そもそも民意に万能を求めているのではありません。
更に「事象間の相互作用とその調整に関しては理解を浸透させるのは不可能に近い」とのご見解は、「無理だから諦めた方が良い」という意味でしょうか。
もし、「諦めた方が良い」と言うことでしたら、民主主義を否定することになると思いますが、いかがでしょうか。
確かに、「事象間の相互作用とその調整に関して」、現時点では分かり難い部分は多々あるかと思いますし、人により理解の程度のバラツキもあるでしょう。
それでも、やり方次第で改善の余地があると思いますし、その「改善の余地」を模索する叩き台として、この様なテーマを取り上げました。

>2.直接民主制を実現させるには、そのための信頼に足るシステム構築が必要。
>  必要な期間に、必要な数、必要な理解度をみたして、「正当性を担保」された集合的な意見をどうやって収斂させるか。

→では、現在の選挙制度は、このまま「正当性を担保」され続けると思いますか。
現行制度の「正当性の担保」が怪しくなって来ているのではないでしょうか。
例えば、先日の衆議院選挙の投票率は、52.66%でした。
長期的な推移を見ても、投票率は低下傾向にあります。
仮に、このまま投票率が50%を割り込んでしまっても、制度上は合法的な手続きに則っているのですから、選挙結果は合法です。
しかし、有権者の半数にも満たない人々によって選出された議員によって法律が制定され、その法律に基づいて行政が政策を遂行する状態になってしまった時に、それでも有権者は「正当性がある」と見なすでしょうか。
どの様な形にするのであれ、現在の選挙制度に手を加えないと、いずれ「正当性を疑われかねなくなる」と、管理人は見ております。
システム構築については、確かに今すぐには実現できませんが、少なくとも今後実現可能な環境は整いつつあると言うのが、今のところの管理人の理解です。
詳しくは続きのコメントに書きますが、その前にもう一点だけ述べておきましょう。

これは国に限らず、どの様な組織についても言えると思うのですが、組織の構成員の「当事者意識の有無」が、組織の活動の成果に及ぼす影響は重要です。
組織が活動する際に、組織の構成員が「正当性がある」と見なす手順で方針を決め、その方針に則って組織の構成員が活動することにより、組織が目的とする成果をあげられます。
組織の構成員に「当事者意識がない」と、活動方針の決め方がいい加減であったり、決められた方針に従わない人がでるなど、組織としての行動が阻害される為、目的とする成果を得るのが困難になります。
そして、国家における「当事者意識の有無」を示す指標の一つになるのが、国政選挙の投票率なのだと思います。
この「当事者意識」を培って行く方法を模索するのは、私たちの社会を維持・発展させて行く為に不可欠なのですが、今はその辺りの仕組みに問題があるというのが、管理人の理解です。

次へ続く



[16] 返事はいりません。読まないし。

投稿者: 不信者 投稿日:2014年12月20日(土)20時28分25秒   返信

短絡的な思考ってやつを心配したんですよ。

霊界からのメッセージだって!
きっとカミサマからのメッセージだよ!
直接的な民主主義?
まずはデモとかテロとかクーデターとかか!
よっしゃ!

なんてのを考えるひとが出てきそうだなーと。

まぁ利用されないようにしてくださいね、ということです。
短絡的なひとは長文なんて読みませんから。
さらに、相手がなにを言わんとするのか、読み取る気もないですから。

オカルトやスピリチュアルが政治と結びつけばカルトです。
世の中そんなもんですよ。
変な物事を擦り付けられないようにしてくださいね。

以下、管理人さんへの置き土産。

長靴を出来るだけ早めに準備しておいてくださいね。
長靴だから、ちょっと小さくても履けるだろう!なんてことはありません。
足に合ったものをおすすめいたします。
小さなものを無理に履いて破いてしまっては意味が無い。
長靴は、足を濡らさぬために履くものですから。

それと出来れば年内、旧暦の年内でも結構ですが。
国内にサーバがあるサービス(ブログや掲示板)のアカウント取得を
おすすめします。

海外はどうなるのか、わかりませんので。

見たくなければ見なければいい、確かにそのとおり。
ブログと掲示板を見ない事にいたします。
いままでありがとうございました。
それではどうぞ、お元気で。
あなた方が、あなた方の人生を歩めますように。



[15] よろしくお願いします

投稿者: ソラゴト 投稿日:2014年12月18日(木)11時22分10秒   返信

>>14

私はもともと、政治的な話題からこちらのブログに足を運ぶようになった者です。
霊的な物事にも関心が有りましたが、個人というよりも国単位、世界単位での霊の働きという部分を扱って下さるところがあまりない中で、こちらの情報、ご見解は本当にありがたく、それだけに、管理人さんがこういう話題を取り上げられることには、非常に期待もあり、できれば、有効に議論を深めていければ、と考えております。

複数人が持論をぶつけあってこその深まりであると思いますので、私としても私の時間と能力のできる範囲で関わらせて頂きたく、こうして書き込ませて頂きました。

選挙戦がきっかけで立ち上がったスレッドということもあり、選挙前に管理人さんの問題指摘はほぼ終わっているという理解でしたが、もっと掘り下げて行かれる予定であるということであれば、またそれを待たせて頂きたいと思います。
よろしくお願いします。


以下、提案に至った私の考えについてもう少し述べさせて頂きます。

確かに、制度設計は本来、最後に論ずべき技術的問題です。
しかしながら、ここではある程度、その問題をクリアしておかなくては議論しづらい事情があります。
そもそも、直接民主制は間接民主制と厳密には対立する概念ではありません。
直接民主制が社会の大規模化に対応できなくなったため、その欠点を補うための制度が間接民主制といっても良いと思います。
直接、間接という意味では対比される対象ではありますが、その欠点等は共有されるものも多く、既にこれまでさまざまな議論がなされ、問題点も指摘されています。
(Wikipediaでも、その概要はつかめます)
結果、現代社会で直接民主制を行使する場合は、大統領の選出などやはり「人」を選ぶというもの、憲法改正のように、「Yes」「No」で回答するもの、といったように、ごく限られた形になっているわけです。

そうした経緯からいくと、「間接民主制」が問題だから「直接民主制」、というベクトルは非常に違和感があるのです。ならば、直接民主制が間接民主制に移行せざるを得なかった事情をクリアする前提なしには、そもそも話を発展させることが難しいと感じます。

こちらのブログでは霊的なものを扱ってらっしゃる関係から、直接民主制を論じるにあたって、そういうー霊的な作用も絡めてのお話であるなら、制度的な限界を打破するだけの前提があるのかもしれない、と思ったのですが、世襲制に関するご返答を拝見する限り、そういう方向からのアプローチを予定されているわけではなさそうだと判断いたしました。

なお、官僚の動きの問題点については、法律に定める公務員の目的に問題があるのではないかという指摘があります。
(「財務省設置法第3条と財務省」~ブログ「月夜のぴよこと空耳うさぎさんたち」:http://twinklestars.air-nifty.com/sorausa/2014/05/post-3862.html
肩すかしなほどにシンプルながら、正直説得力のある話です。
つまりは、官僚の業績評価基準が不適当なので、そこを変えなくてはならないという話です。
なお、官僚は政策決定権を本来の権利者に代わって行使している訳ではありません。
専門家集団であるからこそ、政治家など権利者に情報を提供し、協力する立場にあるわけで、その過程で彼らの省益につながるように政治家を誘導しているというのが実態のようです。
こうした官僚の動きを正すには、民意の後押しは必要でしょうが、行政の作用を押さえた隙のない立法が必要ではないかと思います。
本来、こういったことがいわゆる「公務員改革」であると思われますが、それが「国家公務員の人員と給料を減らす」という方向に悪意を持ってねじ曲げられていることにも深い懸念を感じます(一般的に、です。念のため…こちらのブログではそういうことはないですから)

なお、余談ですが、国益に甚大な影響を与えた民主党政権の過ち…ことに、東北の大震災や福島原発事故の初動において、重大なマニュアル違反をしたという事実については、司法に告発する国民がいれば責任追及できるのではないかと常々考えています。
こうしたことに関しては、事例別に対応する必要があると思います。
いわゆる一般的な失政と、上記の過ちでは訳が違いますので…

ただ、非常にエネルギーが居る話で、それを担う国民がでてこないのでしょう。
この辺は、組織的にすぐ告発を連発する左派にはまだ及ぶべくもありませんね…

以上、やはり長くなりましたが、>>9 までに上げられた問題点について、私見を補完させていただきました。



[14] Re: 提案なのですが

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2014年12月17日(水)21時48分36秒   返信

>>13
>>12のご意見の中身については、改めてコメントしたいと思いますが、結論を急ぎすぎていませんか。
>>11の管理人のコメントについても、現行制度に対する問題意識を掻い摘んで述べた段階で、これから更に掘り下げるつもりだったのですが、ちょっと面食らったと言いますか…。
また、制度設計などの技術論は一番最後に来る話で、その前に済ませておかなくてはならないこともあります。
ですから、ご提案につきましては、当面はこのまま進行したいと思います。
その上で、>>12のご意見については(何回かに分けると思いますが)近日中にコメントします。



[13] 提案なのですが

投稿者: ソラゴト 投稿日:2014年12月16日(火)12時59分47秒   返信

下記でも強調しましたが、
「直接民主」「間接民主」を論じるならば、制度設計に関する前提がなければ正直論じようがありません。
一般論をいうなら、それは直接民主制が可能ならばその方がみんな納得はするでしょうね、ということに尽きると思います。
しかし、直接民主制がごくちいさな共同体でしか機能しないのはなぜか、考えれば分かることだと思うのです。
間接民主制が問題でも限界でも、採用せざるを得ない現実的な理由がある現状が前提では、おそらく管理人さんが想定してるような建設的な議論は難しいのではないでしょうか。

本来の主題は「直接民主」の後ろにある、
日本国民の抱く本来正常な国民の意思を、どのように国政に反映していくか
ということであると思います。
テーマの設定をもう少し見直すなどしていただければ、と思いますが、いかがでしょうか。



[12] Re: 世襲は悪か:間接民主制の限界と直接民主制のシステム不備

投稿者: ソラゴト 投稿日:2014年12月16日(火)12時13分32秒   返信

>>11

論点の整理ありがとうございます。私が題意を取り違えているとお考えの上でのご配慮と思いますが…とりあえず、せっかくなので各論について私の考えを述べさせて頂きます。

> 1.選挙による国会議員の選出が、果たして民意を反映していると言えるか。

→必ずしもそうとは言えないでしょう。
あくまでも当該議員は自身の考えや立ち位置」を主張して立候補しています。それが細部まで民意を反映しているわけではありませんし、細部まで民意を反映する人材を探すことも事実上不可能です。したがって、概略が近い人物を選出し、細部は要望を届けることで「議員の立ち位置の修正を図る」ことが、選挙民にできる最大限なのが現状です。
しかし、当然、そうした要望は他の事情に押しつぶされてしまうことも考えられるし、議員に影響を及ぼす力のある者の少数意見の方が優遇されてしまうことは往々にしてあることです。
私が信任されたからその政策すべてが信任された、というレトリックが欺瞞なのは、当の議員自身もわかっているはずですが、政策を掲げて当選している以上、それも嘘ではないですし、信任を受けたといえなくもないのです。
この欺瞞を排するには、基本方針だけ掲げて具体的政策は広く議論の俎上にあげるべし、というのが無難かとも思いますが、一方で「具体的な政策がないと選べない」という人々も存在する訳で、こうしたジレンマをどう制度として解決していくのかという具体策が必要になります。

A政策は評価できるが、B政策は評価できない、という点は、もう現実に普通に存在する問題点ですが、では、各政策について民意を汲むという場合、どのような方法で決定するのでしょう。
一つ一つの政策について選択肢を示し、その影響で何が起こるかを勘案(良い影響も悪い影響も)し、その上でそれらの政策について国民に分かりやすく告知、呈示し、確実に理解させた上で各人の意志に基づく選択をさせ、なおかつ何人の恣意の入る余地のない方法で集計する。
しかしながら、例えば消費税の話一つとっても、やるやらないだけでなく、段階的にあげるかギリギリまで待つ代わりに一気にあげるか、軽減税率を導入するのかどうか、するならどの品目が対象か、その品目の線引きは具体的にどう行うか、今後新たな枠組みの製品がでた場合にどうするのか…決めることはいくらでもあるわけで、どのレベルまでを民意を汲む範囲とするのかも問題ですし、こうした話題について来れる人とついてこれない人がいる中で、ではついて来れる人だけがこうしたことを議論して決めた場合、少数の人だけで決めてしまったことは民意と言えるのかという批判も予想されます。
また、これだけのことを調整していては、臨機応変な対応など望むべくもありません。
何よりも、人の名前を書くだけ、政党の名前を書くだけの現行間接民主制の下でさえ、多くの無効票がでたり、集計ミス(どうもミスとは呼べないものも多数存在しますが)が頻発したり、調べもせずにわからないという無関心な人間も多い中で、それよりも複雑多岐に渡るこれら政策に関するとりまとめはどのように行うのでしょう。


> 2.国政の失策に伴う損害が発生した場合、妥当な責任の分担が為されているか、また失策に伴う方針転換は速やかに行われているか。

→その責任の大きさは、誰がどのように算出し、どのように請求するのですか。そもそも、失策であるという判断は、誰が、どの段階で判断するのですか

法の成立段階で議会が妥当としたものを、たまたま想定外の事態で援用できなかったからということで立法段階での責任を問うという意図でおっしゃっているのであれば、そもそも法理という観点からもう少しご理解いただくことがまず前提ではないかと思います。
法はだからこそ時に合わせて改正されていくわけですが、それを政争のために決議させず廃案にしていくような政治手法がとられていることにも注目すべきではないでしょうか。

遡及法などというものを作ってしまうような某国議会は論外として、法には法の司る責任範囲があります(私も法学用語で適切に表現できない素人ですのであまり偉そうなことは言えませんが…)。

また、民意を汲むことは大切ですが、民意も万能ではなく、それらに盲従することがポピュリズムとして国を傾けることさえあることにも留意すべきです。
民意は少なくとも現在、操作されやすい側面をもっていますし、自分でない他の誰かが実行することに対して、過剰な期待をする一方で、意に沿わないという理由で苛烈な攻撃を加えることさえあります。

責任の所在を明らかにすることも大切ですが、責任を負わされるだけなら、賢い人間はそんな地位には座らずに、影から影響を及ぼすことを考えるでしょう。いたちごっこにしかならないと思われますが、どうでしょう。
むしろ、優秀な人材を遠ざけかねず、英断を下した人物が間違った責任追及で闇に葬られかねない危険もあります。

> その上で、国会議員に委ねられる役割は、「極力すべての国民の民意を反映した国家を築く為に法律を制定すること」
民意の単位たる個人には知り得ない調整事項が多くの分野で存在することも見逃せません。
ポピュリズムが批判される理由もそこにあります。


> 裏を返せば、国会議員に委ねられた役割を担う資質を持たない人が、「世襲議員だから」という理由で国会に議席を持っていても害悪になるばかりでしょう。

これに関しては、だからこそ
「不適格者を合法的に排除することができる制度」という意味での間接民主制の利点を上げています。
世襲が是なのではなく、世襲を悪として世襲の利点を利用させまいとする現在の圧力をこそ問題にしているのです。
さらにいえば、この掲示板の母体である『銀の紐』では霊的な部分を論じられている訳ですが、日本という国を導いていくためには聡明な指導者が不可欠であり、特に現代のような大転換期においては、ただ荒れ野に種だけ蒔いて待っていれば結果がでるというものではないはずです。
この日本の現状の制度に合わせる形で、霊的なところからも働きかけが行われているはずですが、私なら、優れた魂にはそれにふさわしい環境が与えられるように働きかけるでしょう。例えば、苦労した政治家の元にそれなりの資格のある魂を子孫として導くといったように。
そのような仮定もあって、こうした話題を振ってみました。

まとめると、管理人さんは
民意をより正確に汲み上げる制度としての直接民主制
を想定されているのだと思いますが、私は、

1.民意は万能ではない。特に事象間の相互作用とその調整に関しては理解を浸透させるのは不可能に近い。

2.直接民主制を実現させるには、そのための信頼に足るシステム構築が必要。
  必要な期間に、必要な数、必要な理解度をみたして、「正当性を担保」された集合的な意見をどうやって収斂させるか。

「正当性を担保」するというのは重要な概念で、間接民主制では普通選挙は現実的に「正当性を担保」するための手段として行われています。

私は、2の理由だけとっても、現実的に非常に難しいと感じています。
だからこそ、このハードルを越えるのには、それこそ「全ての人間の心がつながる」くらいの、今の段階では苦笑せざるをえない前提でもなければ、正当性のある制度として設計することは難しいのではないかと思います。

そもそも、システム的な面では、管理人さんはどういうやり方を前提として問題提起されているのですか。
私はほぼ、この問題はシステムの正当性にかかっていると思うだけに、現状の選挙制度を前提にされているのならば、机上の空論のようにしか思われませんが…


こちらのスレッドは初期設定では少し見づらいかと思い、試しに入力補助を利用してみました。
逆に見づらいようでしたら申し訳有りません。



[11] Re: 世襲は悪か

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2014年12月15日(月)21時20分32秒   返信

>>10
現行の「間接民主制」が抱える問題について、特に管理人が問題と考えるのは以下の点です。
1.選挙による国会議員の選出が、果たして民意を反映していると言えるか。
2.国政の失策に伴う損害が発生した場合、妥当な責任の分担が為されているか、また失策に伴う方針転換は速やかに行われているか。

1.について、現在は選挙に際して立候補者が「政権公約」を掲げて、選挙運動を行います。
有権者は、立候補者の訴えを聞き、また立候補者の経歴や過去の実績などの情報を元に、取捨選択をします。
とある分野の政策(い)については、A候補の公約・過去の実績共に説得力があるので、A候補を支持する動機となります。
所が、別の分野の政策(ろ)については、A候補の公約に説得力がなく、またA候補にとっては専門外の分野なので、その政策については支持できません。
そこで有権者は、政策(い)の実現を重視してA候補に投票するのですが、有権者は必ずしもA候補が掲げる全ての政策を支持するわけではないのに、A候補が当選すれば、自分の政権公約が支持されたと受け取るでしょう。
この様な事例はありがちだと思いますが、果たしてそれは民意を反映した仕組みと言えるでしょうか。
また、A候補が当選してA議員となった時に、公約した政策を実現する為に国会議員としての活動をするのですが、公約とした政策(い)を実現する為には、多くの議員の支持を得なくてはなりません。
もしかしたら、政策(い)に対する支持を取り付ける過程で、内容的に骨抜きとなる条件を呑まされるかも知れません。
その結果、形としては政策(い)が実現できたとしても、有権者の支持を得た当初の公約から見ると、内容的にかなり変質していても、民意を反映したと言えるのでしょうか。

2.については、1.で述べた様に、既に政策決定の段階で、民意を反映しているとは言えない事例があります。
それでは、国会が民意とは食い違う法律を制定し、その法律に基づいて政府が政策を実施した所、法律制定時の想定とは異なる事態が発生して、新たな損害が生じてしまいました。
そのままその政策を実施し続けては被害が広がる一方なのですが、国会は誤った法律の制定に対する責任を取らず、政府も誤った法律の執行を止めないので、なかなか事態を転換することは出来ません。
仮に誤った法律の執行を停止して、誤った法律の廃止に漕ぎ着けたとしても、その間に拡大した損害が無くなるわけではありません。
現在は、この様な損害の責任が、「国民の生活環境の悪化」という形で、国民につけ回されています。
国会議員も首相や大臣も、「国民の生活環境の悪化」という形で、他の国民と同程度の責任は免れませんが、実際に立法と行政を通じて、具体的な政策を決定し、遂行しうる立場の人々が、その他の国民と同じ責任分担で済まされて良いのでしょうか。

以上の問題意識を下敷きとして、今後「間接民主制」の限界と「直接民主制」の可能性について考えて行く予定です。

その上で、国会議員に委ねられる役割は、「極力すべての国民の民意を反映した国家を築く為に法律を制定すること」だと思いますので、その役割を担う資質を持つ方でしたら、世襲であるかどうかは無関係であると思います。
裏を返せば、国会議員に委ねられた役割を担う資質を持たない人が、「世襲議員だから」という理由で国会に議席を持っていても害悪になるばかりでしょう。
「世襲」であるか否かは議員の必要条件ではなく、あくまでも議員としての役割を担えるか否かが基準である事が望ましいと思います。



[10] 世襲は悪か

投稿者: ソラゴト 投稿日:2014年12月14日(日)19時22分29秒   返信

非常に興味深い論点であると思いましたが、なかなか落ち着いて書き込みに来れる状況でなく、既に今回の選挙もまもなく結果がわかるという頃合いになってしまいました。

「直接民主制」についてですが、これは大統領選挙のような形を想定しているのでしょうか。それなら実現そのものはあり得るかもしれませんが、本来の意味での「直接民主制」は、日本のような大きな国家単位では、現在は事実上不可能ではないかと思います。

ただ、それこそネットなどでまんべんなく、法的に正当性が担保される程度まで国民の意見が細かく収拾できるのであれば、あるいは不可能とはいえないかもしれません。
ただし、不正を監視するシステムと、多数であっても否とせざるを得ないものは否とできるだけの正当性のある制度・手続きが不可欠なのではないかと思います。

とはいえ、間接民主制も限界が既に見えているのですよね。
あえて言えば、現状、やむを得ず民意を汲む建前としてはベターな制度だという程度かと思います。

かつて、英首相チャーチルは「民主主義は最悪の政治手法である。ただし、これまでつくられた政治体制をのぞいては」という警句を残したといわれますが、まさにそういう煩悶の中で、この制度はなんとか正当性を担保し、機能しているのだと思います。
これは「直接」、「間接」を問わず、ということだと思いますが…

というのも、その民主主義を背負う最小単位の個人は、往々にして個人の視点からでることが難しいのですよね。
個人の利益を最適解として選択をしがちであり、それが民主主義の限界であるといえるかもしれません。

それをふまえて、私はあえて、これまで作られた政治体制の中から、世襲についての是非を問いたいと思います。
現在、世襲は
「実力によらず、親の代の鞄・地盤・看板を譲り受けて、有利に選挙に臨む→本当はそんな実力もないであろうにずるい」
という文脈で否定的に捉えられることが多いのですが、私はそういうものばかりではないとも思うのです。
とはいえ、かつての藩主や将軍のように、世襲「制」がいいとも思えません。不適格者が後継になった時、それを速やかに排除できるだけの合理的な仕組みが必要だと思うので…
かつてはそういう時は家臣団が暗躍したらしいですが、現代社会ではそういう形はとれませんから…

そういう意味では、間接民主制の元での世襲は、その周囲の人々の理解次第では、非常に意味のある制度になる可能性があるのではないかと思うのです。

世襲政治家が「実力もないのに恵まれている」という前提は偏っていますよね。
「実力が有り、環境も恵まれている」かもしれません。先代を見ることで、幼いうちから「個人」の殻を越えて「共同体」「国家」という視点を持つことができるかもしれません。
もしもそうなら、非常に高度な人材を国の舵取りをする存在として送り出せる可能性があるのではないでしょうか。
本当に実力がない後継者は、周囲の人々が支援をしなければ世襲などなんの意味もなく埋もれていくでしょう。
実力のない後継者を実利のためにかつぐような後援者もまた問題で、そういう意味で、間接民主制下の世襲は、実はその後援者のレベルも計られているのではないでしょうか。

思うに、日本の重要な局面をみてきた代々の首相、閣僚は、おそらく公的には口にだせない様々な思いを背負っていたことでしょう。そういう後ろ姿を、子、孫はみて、感じてきた経緯が土台としてあるのではないでしょうか。

「門前の小僧習わぬ経を読む」といいますが、そういう環境が人を育てるという部分は非常に大きいと思います。
大切なのは、そういう環境にあり、なおかつ、自分の意志で先代の仕事を継ぐという覚悟と、それにふさわしい実力を磨くことかと思います。

現在の安倍首相、麻生財務大臣などをみていると、今、戦後のさまざまな頸城からの脱却を目指すこの時期に、戦後の複雑な、身を裂くようなジレンマの時代を経験した首相の子孫である政治家が輩出されたということの意義を感じざるを得ません。
一方で、鳩山氏のように、世襲の欠点をさらけ出すような人材もでてきたというのも、ある意味興味深いと思います。
そういえば、マスコミは安倍首相らは「世襲」と非難するのに、鳩山氏らは「政治家の血統」などと持ち上げていた気がしますが…

現在、政治家に限らず、何かにつけて「世襲」を嫌う傾向があるような気がします。
しかし、ある仕事を代々引き継いでいくことには、私は意義があるように感じられるのです。

例えば、この時代に政治家として日本を動かすために、より環境のよい血統を選んできた魂が居てもおかしくないのではないかと考えたりもします。上手く表現できませんが…

まとまらなくなってしまいましたが、汲み取っていただければ幸いです。

直接民主制については、チャネリング系のブログで、いずれ全ての人間が言葉によらず心がつながるようになり(嘘がつけなくなる?)、その過程で直接民主制になるというような話をきいたことがあります。
そこまで状況がかわれば、また違うのかもしれませんね。

長文、失礼しました…



[9] 問題意識

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2014年12月11日(木)21時44分59秒   返信

>>8
それでは、今はちょうど選挙戦の最中ですが、ご覧の皆様の選挙区の立候補者の中に、「この人になら首相を任せられる」、「是非この人に大臣を務めてもらいたい」、そう思える方はいるでしょうか。
もしくは、この人を国民の代表として国会に送り出すことにより、国家と国民をより豊かな繁栄に導く力になってくれる――そんな立候補者はいるでしょうか。



[8] 問題意識

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2014年12月 9日(火)21時05分3秒   返信

>>7
日本国憲法には、「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で指名する」とあります。
また、内閣総理大臣が国務大臣を任命するのですが、「国務大臣の過半数は国会議員の中から」選ばなくてはなりません。
内閣総理大臣は、その職務の性格上、国政全般に理解がなくてはなりません。
同様に国務大臣は、少なくとも担当する省庁の業務に通じていなくては、大臣としての職務遂行に支障を来してしまいます。
法的には、国会議員は皆総理大臣や国務大臣を務める可能性を持つのですから、選挙により国会議員を選出する際には、それらの職務を委ねられる人物であるか否かが、一つの尺度となるでしょう。



[7] 問題意識

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2014年12月 8日(月)21時03分54秒   返信

>>5
そこで視点を変えてみると、また異なった姿が見えてきます。
とはいえ、管理人には官僚の経験がありませんので、精一杯想像を逞しくしてみましょう。
政府の省庁とは、国家の基盤を支える組織であり、その中でも組織の中枢を担うことを期待されている官僚は、各省庁に託された役割を熟知する専門家集団であると認識しております。
国家の基盤となる作業を幾つかの大枠に分類し、その大枠毎に省庁を設置して役割分担をしております。
彼ら官僚は、省庁毎に分担された役割については、恐らく日本で最も熟知する人々なのだと思いますが、各省庁に振り分けて実施している作業を総合した時に、果たして国家の繁栄という観点から見て最適解なのかどうか、彼らには判断できないのだろうと思います。
そもそも、官僚とはその様な役割を期待されている存在ではなく、それを担わなくてはならないのは政治家です。
ところが、現行の議院内閣制では、各省庁の行う作業がよく分からない人が、官僚にとっての上司になる可能性があります。
そこで、○○省が分担する作業についての知識に欠けている人が、○○省の大臣に就任したとします。
当然ながら、○○大臣は部下に適切な指示を出すことすら出来ませんから、見当違いの指示を出して現場を混乱させるとか、部下の言いなりになる(全て部下に丸投げ)となってしまうかも知れません。
それでは、省庁が持つ能力を発揮することは出来ませんし、他の省庁との政策的な調整という面でも、齟齬を来す可能性があります。
その様な体たらくでは、国家の繁栄という観点から見て、政府全体として特定の方向性の政策を実施していくので、その中で○○省は~で行きたい――という方針を打ち出せません。



[6] Re: 裏方に徹したらいかがですか

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2014年12月 6日(土)18時28分2秒   返信

>>4
何がどの様に思想誘導なのかを教えて頂けますか。

話の発端は『銀の紐』掲載記事ですし、思考実験として様々な可能性を想定する作業には意味があると思います。
専用スレですので、関心のない方はご覧にならなければ良い話でもあります。



[5] 問題意識

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2014年12月 6日(土)18時04分37秒   返信

>>3
ところが、まだ記憶に新しい民主党政権における政府の体たらくを見ると、各省庁が首相や閣僚の姿勢にかかわらず、政府として最低限行わなくては国家を維持出来ない程度の仕事はこなしていた点も見なくてはなりません。
特に、東日本大震災は日本にとって物理的・精神的な打撃となりましたが、被災者への対応の拙さが「民主党の正体」を国民の目の前に暴露する形となりました。
もし、大震災の時に、省庁の官僚が首相や閣僚の手足に徹していたとしたら、既に散々批判を浴びた震災時の政府対応すら足下にも及ばない程、悲惨な事態を招いていたかも知れません。
その様な可能性を考慮に入れると、安易に「官僚がー!」で済む問題でもありません。



[4] 裏方に徹したらいかがですか

投稿者: 不信者 投稿日:2014年12月 6日(土)17時51分28秒   返信

政治的な主張がしたいなら、別な掲示板なりブログなりでいちから無名で
やってください。

思想誘導の懸念があります。

銀の紐というブログと、それに関連するブログはあくまでも
霊界通信の場なのではありませんか?

管理人自身の思想や考えを混ぜないでいただきたい。

オカルトで釣って思想誘導、なんらかの手口としてありそうですね。
信用できなくなりました。



[3] 問題意識

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2014年12月 4日(木)22時09分32秒   返信

>>2
また、首相や閣僚が各省庁の官僚を統制できずに、実際に官僚が何らかの政策決定権を行使しているのだとすると、間接民主制である所の議会制民主主義という、日本の政治制度を否定する行為であり、日本国の根幹を揺るがす由々しき事態という事になります。
議会制民主主義とは、選挙などによって民意の代表者を選出して、その代表者を通じて、有権者が間接的に政治権力を行使する政治制度です。
ですから、国政選挙を通じて衆議院・参議院の国会議員を選出して、その国会議員が国家の秩序を維持する基準となる法律を定めます。
行政については、行政府の長である内閣総理大臣が、国会議員の中から指名されることによって、間接的に民意を反映した総理大臣が行政府を統括します。
各省庁についても、総理大臣が所管の大臣を指名することにより、間接的に民意を反映する手続きとします。
司法の場合は、法律に対する専門知識が求められますので、立法・行政と違って代表者を選出する仕組みにはなっておりませんが、最高裁判所の裁判官の信任投票を行う形で、間接的に民意を反映する手続きを取っております。
しかし、各省庁の次官ら官僚が、直属の上司にあたる大臣や、行政府の長である総理大臣の指示から外れた行動をとっているとしたら、正規の権限を持たない者が越権行為を犯していることになります。



[2] 問題意識

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2014年12月 3日(水)21時27分14秒   返信

>>1
例えば、安倍首相が衆議院の解散を決めた際の記者会見で、『アベノミクス』と呼ばれる安倍政権の総合経済政策の是非と、来年秋に予定していた消費税増税を延期する方針について、国民の判断を仰ぎたいと述べました。
詳しくは下記ソースを参照して頂きたいのですが、これらの政策を全て安倍首相と安倍政権の閣僚が主導しているのであれば、結果責任が問われるのは安倍首相と閣僚です。
しかし、こういった公式の会見に現れない部分で、財務省の官僚が「予定通りの増税を実施する様、与党議員などに働きかけていた」との話も漏れ伝わってきます。
仮にこれが事実であったとすると、政府の組織としての指揮命令系統が適切に機能していないことになるので、非常に大きな問題です。
そして、首相や閣僚の手足となって機能しなくてはならない官僚が、指揮命令権者である首相や閣僚の指示を逸脱した行動をとり、また指揮命令権者がその様な状態を放置していれば、当然ながら組織として一致した行動が取れません。
その様な統制の取れない組織では、幾らアイディアが素晴らしくとも、実現の段階で作業が滞ってしまい、想定通りの成果はあげられないでしょう。
今の政府の様子を見ていると、「日本国民の生活をより良くする」という方向で、各々の省庁が連携できていないので、それでは幾ら素晴らしいプランを掲げても、上手く運営できるはずがない――その様に見えてしまうのです。

http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/statement/2014/1118kaiken.html



[1] 問題意識

投稿者: Silvercord管理人 投稿日:2014年12月 2日(火)21時39分22秒   返信

ソース記事にも書いていますが、管理人が「直接民主制導入の可能性」に言及した理由は、国家の政策決定における権限と責任の配分がアンバランスな為に、政府の無責任な政策決定の負担が、不当に国民につけ回されているという問題意識からです。

国がとある政策を実施したところ、思い通りの結果が導き出せなかった為に、予想外の損失が出てしまいました。
国の損失ですから、すべての国民に損失の弊害が及び、損失の分だけ生活環境が悪化するという形で、国民が分担して責任を負うことになります。

ここで管理人の問題意識は、国の政策決定について、国民よりも大きな権限を持つ国会議員と政府の役人は、国民よりも大きな責任を負わなくてはならないのではないか、今は権限に見合う責任を負っていないのではないかという点にあります。


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